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全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
意地でも啓蒙されない、しない。
さてTOKIO山口問題は
いろんな要素をはらんでいると思うんだけど
とりあえず身近というか自分自身のことと関連付けるとするなら
やはりアルコール要因の「脂肪肝」と「肝機能障害」で
自分自身が入退院した経験から、山口報道に際しては
アルコール関連に関心が向くのは当然であって、
「アルコール問題に矮小化してその他犯罪要素をうやむやにするな」
ってゆう考え方もわからなくはないんだけど
そもそもジャニーズ事務所のこと全般にあまり興味がないし
事の発端のNHKの番組にも興味がないので
それはそれで追及できる人が
必要に応じて追及してください
としか言いようがないんで
あくまで「自分の関心事」だけをここでは語る。

ネット各所で再三述べているように
自分は現在「断酒」継続中であるが
断酒する前
つまり「入退院」する前
絶好調!!毎日飲酒中!!
の頃に
以下の書籍をきっちり熟読読了していた。



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でまあ、
個人情報なので詳細は省くが
どれも自分で買ったり
図書館で借りたりしたのではなく
読めと言われて素直に読んだ
という流れ。
しかも呑みながら。

気づくとこいつらが
居住空間にいる!?
みたいな。

これらの書籍を熟読読了しつつ
しかし
呑めといわれりゃ素直に呑む
どころか
呑むなと言われても呑む
というか
読むは読む
呑むは呑む
それはそれ
これはこれ
みたいな流れ。

まあおれはべつにアル中じゃないし、
みたいな。

で、結論からいうと
客観的事実としては
入退院はしたんだけど
書類上
「アルコール依存症」という診断はくだされていない
ので
やっぱり自分は
アルコール依存症
ではない
かつてアルコール依存症であったこともない
と言い張ろうと思えば言い張れる状態

ってことだ。

「脂肪肝」「肝機能障害」
ともに
「アルコールが原因」
と医師にははっきり「口頭」で言われたのは間違いないのだが
診断書にはそこまで書いてないのである。
言っててちょっと盗人猛々しい感じがしなくもないんだけど
実際そうなのだから仕方ない。

で、自分と山口では
入退院の経緯が違ってて
私の場合は「意識消失」で救急搬送されたのであって
最初からアルコールでヤバいぞと「意識して入院」したのではない。
救急搬送され、あらゆる「検査」されて
「あなた呑み過ぎですね」と言われたってのが自分のケース。

何もべつに
自分と山口を比較して
自分の方がマシだ
と優位性を強調したいのではなく
単に事実を述べているだけ。

で自分の場合の酔い方は
陽気になって最期には寝てしまう
ってタイプだったので
暴力振るったり
泣いたりわめいたり怒ったり
はほぼしてなかったので
(「失禁して泣く」は入院する数か月前にあった)
べつに誰にも迷惑かけてないし
何もやましいことはない、と。

やましさはないんだけど
結局「最期には寝てしまう」ってことは
まあ「まともな判断力」やら「運動能力」やらはなくなっているので
転んで怪我したりぼったくりにあったりってゆうような
結果
として
「自傷行為」だった
ってのが多々あったのも事実。

「加害者」に回った感じの記憶で唯一おぼろげに覚えてるのは
パチンコ業界で「年俸最高潮」だった頃に
スナックだかキャバクラだかももう定かじゃないんだけど
ホステスさんがたくさんいる店で呑めや唄えやの
大騒ぎをしまくって、たぶん一見で入ったその店が
店じまいした後に焼肉屋だかすし屋だかに行って
さんざん飲み食いした後に
財布が空でクレジットカードも持ってなかったあの日くらいだなあ。
水商売の女性の人に店外でお金を払わせてしまう!みたいなw
なんかメチャクチャ怒ってたようなw
そりゃまあ怒るだろうなあ。
謝る気は毛頭ないけど。
ないんだけどいま思えばちょっと「危ない橋」だったなあ。

まあ、あとは
20年間の「会社員生活」で一度だけ
「無断欠勤」したのも呑み過ぎで起きられなかったからで
それは賞与で「マイナス7万円」の「罰」を受けて
ある意味その「対価」はきっちりそこで払っているので
それでおしまい一度こっきりのことだから
「何も特別気に病むことはない
人生いろいろあるさ」
ってゆうような自己都合解釈をしたし、
それについてはいまでも曲げるつもりはない。

曲げるつもりはない
ってのは
それで「気に病む」ことはしない
ってことを
曲げるつもりはない
ってことで
「どうだ!!おれのこの豪快さを見よ!!」
とそこまで開き直るつもりもない。
念の為。

無断欠勤してボーナスで7万円引かれるよりは
無断欠勤などせず7万円引かれないほうがいいに決まっている。
当たり前の話である。

さてもう一度TOKIO山口と自分との比較に戻ると、
山口の場合
「退院翌日」には飲酒していたということだが
自分の場合は
「退院翌日」から
いま現在まで「断酒継続中」ということだ。

これも山口と比較して
自分の優位性を強調したいのではなく
単なる事実である。

心理状況の違いがあるとするなら、
自分が「断酒」継続できているのは
「ステージに穴をあけ続けられない、
これ以上はまずいヤバい」という
ビビる気持があったからだろう。
ということは
「ステージに立つのは楽しい、
こんな楽しいことやめるわけにはいかない」
という気持があるってことだ。

山口の場合は
インディーズ界隈にいる自分とは違って
ゴリゴリのジャニーズメンバーだから
ステージが「日常」ってな生活だっただろうから
「ああ、もうステージとかうんざりなんすけど」
みたいなのもあったのかもしれない。

私の場合は相方おぐまの力もあって
ステージの機会増えてきてる段階だから
そのへんの状況は山口とは真逆といえば真逆である。

で、「アル中」といえば
「禁断症状」なのだが
自分として「アル中」ではない、なかった
と言う根拠のひとつが
その「禁断症状」がおどろくほど出てないってところだ。
ただ、飲酒でごまかしてた「痛み」は如実に出てきた。
再三ここで書いてる「全身筋肉痛症状」もそれだろうといまでは思う。
で痛みは痛みで受け入れることにした、と。

とりあえず
退院するときに医師に言われたのが
「いままでと同じペースで呑んでたら確実に死にます。」
だったのもいまにして思えばデカいかもしれない。

「断酒してください」
とは一切言われなかったのだ。

「断酒してください」
だったら
性格的に
「なんだとー!?」ってなってたかもしれないからね。

「確実に死にます」かあ
じゃあとりあえず死なないようにしなきゃなあ
でないとステージに穴空け続けだし.....
とわりかし淡々と考えることができたわけだ。

それと「ツアー」の機会が飛躍的に増えて
生活全般
「経費節約」しなきゃ
ってのが重なったのもデカい。

夜中に飲みたくなってコンビニに買いに行く酒
ってもんは
ツルハとか業務スーパーで買う
水とか茶に比べるとメチャクチャ高い
ってことに嫌でも気づく、と。

そのへんの懐事情も
ゴリゴリジャニーズメンバーとは違う
ってのもあったように思う。

ということで
酔っ払って陽気で
カネ払いもいい
愉快で楽しく美味しい辻タダオ

もう二度と帰ってこないかもしれず
それは一部方面にはある意味「被害」かもしれないけど
まあ呑まなくても
そこそこのテンションで楽しげなステージは出来る
のもわかったので
それで勘弁してくださいw

さて「アル中」を疑われる
あるいはそれに近い状態で
飲み続けてたのは何故なのか?
については
いずれ書くかもしれないし
書かないかもしれない
としかいまは言えませんね。

あとは他人様に飲酒も断酒も勧めませんし
「呑み会」を完全に拒絶もしませんけど
そこでアルコールを飲むつもりもありません。
既に「経験済み」なんですが
自分の周りでお酒を美味しそうに呑んでる人がいても
全然大丈夫っす。

まあ、あとは世論が
飲酒に厳しくなるのは仕方ないかもしれません。
いまの立場としては
さすがにないでしょうけど「禁酒法」には反対しますよそりゃもう。
それから「場所による飲酒規制」も増やすことはないでしょう。
なにしろ「法律や条例」が増えるのはタバコに関しても反対なので。

でも「過度な広告は規制」くらいまではありかなあ
みたいなそんな感じかな。
パチンコ業界にいましたけど
当時から「広告」はべつに無くてもいいんじゃないの?
って思ってたし。

それはさておき
「人生」ってのは
日々の「状態」が続くだけのもの
と最近は考えているので
「断酒宣言」するつもりは毛頭ございません。

人生にマニフェスト無し!!
ってことで。
単に起きたことに「反応」するのみ。
って感じだなあ。
生まれてこのかたの
自分の「日々の過ごし方」って。

ということで
ネット上の各所で書いた繰り返しになるけど
全身筋肉痛的な「ダルさ」もあって
しばらくは
あちこちしゃかりきになって更新しまくるのは
しないでおこう、と。

たんにほんとに体力的に面倒になっただけなので
いわゆる「SNS疲れ」とかそうゆうのはない。
「こうゆうときはツイッターが楽だな」
とか思ってるくらいだし。

で、いまは中前適時打の活動に傾注してるので
更新するにしてもそれを最優先する、と。

シンプルにいこうってだけっす。

で、その「ダルさ」の件だけど
大丈夫か死ぬのか?
とご心配おかけしている部分もあるけど
あちこちいろいろ「受診」はしまくったうえで
ただちに影響はない
という体感はあるので
心配ご無用っす。

「火事だー」
「強盗だー」とか
聞こえたら素早く動ける気はするし(@^^)/~~~

ただ「人間」っすから
いつ死ぬのかなんてのは誰にもわからない
としか言い様がない。

ないけど
中前適時打全国制覇とか
球場生観戦一試合でも多くとか
いろいろ予定も野望もあるので、
もしかしてこのままずっと
身体が「だるおも」のままかも?
ってゆう疑念はあるにはあるけど
それで特別に
世をはかなんで死にたくなる気持ち
には成り様もないっす。

ダルいならダルいで
それでいくしかない、と。

まあ一家離散、限りなく2浪の危機が迫ってた1浪、
留年、就活不合格だらけ、見事に「45歳定年」にひっかかる、
裁判沙汰が身近に起こる、その裁判日程が震災の影響で延びる、
とか
あとパチンコパチスロ依存症とか、
歌舞伎町でぼったくりに遭うとか、
そこそこいろいろ逆境もありましたけど
まあなんだかんだで基本は「のほほん」と
やり過ごしてきましたからね。

ってことなので傍目には
「精力的な活動が急におとなしくなった」
というように映るとは思いますが
メンタル面では
現在ほとんど問題ないっす。

というか
パニックとか軽度の鬱とか
連日の酒浸りとか
の日々に比べると
むしろ「良好」な気さえしますよ。

なのでなんにせよ
こうゆうネット上の「投稿」活動も
やめるやめないとか「宣言」することもなく
適当なペースでやります。
やりますけど
間違いなく従来よりは緩めのペースでやります。

で中前適時打宣伝活動だけは
またちょっとずつ元のペースに戻していきますので
よろしくお願いいたします。
何を「忘れない」のか
というと、
自分の場合は
「人生一筋縄ではいかない」
ことを痛感させられた日
ということで
「忘れられない日付」
となった3月11日。

今年は
おぐまゆきとのユニット中前適時打で
静岡で開催されるチャリティーライブに出演する。

中前適時打として
「いま現在」
の普段通りに出来るステージをやる。

3月11日の
「一筋縄でいかなさ」

自分の場合はその時
「無職」状態で
「職業訓練校」に居た
という状況にある。

より大きくて広い「世界」における
大きな「不幸」と比較すれば
あくまで「個人的」で
卑近で小さな話なのだが
とにかく自分は
「無職の中年男」
として
「職業訓練校」にいたのは事実。

そしてその
「無職」状態であること
「職業訓練校」に通っているということ
そのもの自体を
こうゆうインターネットという
「全世界」に開かれた場所では
当時「公言」はしておらず
それは「公言」しない方がよかろう、
という
「世俗的」な判断が働いていたからだ。

もともと
「個人情報」に関しては
震災前も震災後も
自分に都合が悪いと思えば
「詳細は省く」という書き方をしてきたので
特にそのことに何か「良心の呵責」みたいなものを
感じることは一切ないし
だいたい誰も「ネット空間」に対し
そんな義理はない。

血縁的近親者の画像等は
基本「アップしない」派だし。
それは自分うんぬん関係なく
当事者が「嫌だ」と言ってるから。

ただ、人前で自作自演で唄を披露する、
という行為を長年やってきていたから
「自分が何者であるか」
については
なるべく書くようにしていたし、
画像も動画もアップしまくる!!
ってことだ。
単に自己顕示欲にもとづいて
がんがん「宣伝」するぞ!
とそうゆうこと。

ということで
いま言いたいのは、
当時
「無職」であること
「職業訓練校」に通っていること

ネット上で「伏せていた」ことの
良し悪しの価値判断は置いといて
そうゆう状態になっていた自分を
自分自身は恥じていたのかどうか、だ。

結論からいえば
恥じていた
からこそ「伏せた」んだろうと思う。

なんだけど
べつにそれを悔いたりもしていない。
もうほんと単純に
「人生山あり谷ありですよ旦那!!」
としか言いようがない。

なにはともあれ、
自分の場合は
「無職です!!
頑張って職業訓練校に通ってます!!
職業訓練校での毎日を詳しくブログで
レポートします!!マメにツイートします!!」
というタイプの人間ではない!!
とまあ
そうゆうことなのだ。
ああ、ちなみに当時インスタは無かったなあ。
ま、あっても「職業訓練校からインスタ映えする投稿」なんぞ
しないのが「普通」だろうなあw

いやその
「考え方」を
自由で開明的でポップでファンキーで
ノリノリな感じのブラザーちっくな要素で
塗り固めれば、
「無職中年のわたくし職業訓練校に
通ってますがポジティブに頑張ってます
イエーイ!!」ってのもアリだと思うし
それも自由だし
それを非難するつもりは
大筋においては無い。

無いんだけど
訓練校のなかで
「インスタ映えする写真撮りましょうよ!」
なんて誘われたりしたら
うるせーばか!!
って思うか
あるいはマジギレするかもしれない。
「それどころじゃねーよ
この糞ポジティブ野郎!!」
みたいなね。

ま、暴力はいけませんので
やんわり「拒否」の
意思表示
ってことになるだろう。
いずれにせよ。

で、
「震災当日は無職で
職業訓練校にいた」ことを
いまここでこうして
というかまあ数年前から
書くようになってるんだけど
じゃなんで書くようになったのか
とかは思い出せないし、
また、書くようになったからといって
自分の人生がなにか
「ふんぎりついた」
とか
「かたちが定まった」
とか
まして
「完成した」
とかそうゆうことがあったわけではもちろんない。

隠すほどのことでもなかろう
と思ったから
書くようになった
ってだけのことだし
書いたら面白いと思えば書く
ってだけ。

何日か前に書いた
「エクセル」のネタみたいなのとかね。

ま、ただ
その場にいた人達のことに関しては書かない。
というか
書けない。

何故なら「名刺交換」は当然のこととして
メアドや連絡先の交換など一切せずに
最終講義が終わったら
お疲れ様でしたと小声で言って
教室で談笑しているみなさんを後にして
帰宅したからだ。

念の為書いておくと
訓練校を仕切る側からは
受講生同士、交流を深め
今後の人生の糧としましょう
というようなお達しというか
「強制」ではない「おすすめ」
みたいなのはあった。

あったけど自分は従わなかった。

それは「訓練校にいる自分を恥じる」
という部分があったがゆえに
一緒にいた人達に対し
心を許しきる
ということがなかった
ってことだろう。

冷静に考えれば
とんでもなく「傲慢」で「薄情」な態度だとは思う。

思うんだけど
まあそうゆう「気分」だったし
そうでない「気分」にはなり得なかったということだ。

ということで
なんだかとりとめもない感じだが
3月11日は
人生山あり谷あり
アップなのかダウナーなのか
自分自身の「状態」をそのまま受け入れ
それを率直に表明していく日
ということにしよう。
今年から。

で今年は「遠征」でライブに行くくらいだから
概ね元気です。
全身筋肉痛どうこう
花粉症どうこう
いろいろあるけど。

それで十分だろうと思う。
見果てぬ.....ってほどでもない夢
おっさんの夢の話なんぞ迷惑だってのは
承知のうえで書く。

先般の「中前適時打九州ツアー」
旅先で見た。

小学校中学校の頃
教師や真面目な女子に
怒られるんだけど
休み時間についついやってた
「廊下野球」。

箒がバットで
ボールは「わら半紙」か「ノートの切れ端」丸めたやつ。

とりあえず掃除用具入れの角っこがベースね
とか
そうゆうやつ。

何故か
楽天→横浜→西武→楽天
の渡辺直人と自分が
その「廊下野球」をやってるのだ。

それも厨房レベルでは無理な
「プロの技術」を駆使して。

渡辺直人は「攻撃」全部。
自分は「守備」全部。

つまり直人は打って走り、
自分は投げて捕る。
学校の廊下で。

それが何をやらせても
二人とも超絶上手いわけだ。

で古今東西
過去現在のあらゆる選手の
「形態模写」も完璧にこなし、
打撃も守備も曲芸的軽業を出しまくるのだ。

たとえばおれが「江川」のフォームで
カーブを投げると
直人が「落合」と化して
「ショートの頭のうえ!」と叫んで実際に
その方向に打球を飛ばすと
おれが「松井稼」になってジャンプ一番好捕する!
みたいな。

休み時間延々二人でそれを続けていると
廊下は黒山の人だかりで
皆、唖然茫然驚嘆で
賞賛の嵐となり
誰かが
「いやあすぐにでも吉本行きなよ!」
と叫ぶ。

おれと直人は
まんざらでもないという表情になりつつ
「いや、シルクドソレイユだな」
という。

みたいな。

つくづく「夢」で
残念であった。


おれも頑張るから伊納の妻も頑張れ
ベイスターズ伊納の妻がネット上で匿名で
誹謗中傷されて犯人特定して訴訟起こして
の一連の流れだけど
私としては伊納や伊納の妻の「味方」という立場。
これに関してはまたリンク貼るのも面倒なので
貼らないけど、BLOGOSに載ってた中川淳一郎の文章にも
当然概ね同意。

で、それはそれとして
自分に寄せた話題に移る。

以前にも何度か書いた記憶あるんだけど
自分の場合は
所属してた会社で
「自社で初めて立ち上げた個別店舗のホームページ」
のコンテンツ更新担当を仰せつかったという経緯もあり
ネット上であれやこれや書く
ってなことに関しては
同世代の中では比較的「慣れ」ていた
というか
まあ大概の事には驚かないしたじろがない。
で、ほんとに「2ちゃん勃興期」の頃で
「SNS」はおろか
「ブログ」すらも無かった時代だったから
2018年現在に比べると牧歌的なネット環境ではあった。

だがまだ「ルール」が定まってなかったこともあり
「誹謗中傷」に関しては
その内容は今現在よりも苛烈であった。

で、自分が「自社初独自ページ」担当してた
その店舗が2ちゃんで攻撃受けまくったのだ。
そりゃまあ伊納の妻の5000倍レベルの苛烈さで。

攻撃受け始めた最初の頃から
1週間くらいは怒り心頭だった気がする。
気がするんだけど
1週間過ぎて以降は「慣れ」てきて
結局、本社総務
的な部署が動いて
攻撃は止んだ。

なんというか
いま思えば
「逆に」
最初にそれがあった、為に
あとはなにがあっても大体落ち着いて対処できる
という流れにもなったのだ。
自分個人とネットの関係で言えば。

ということで
非生産的な誹謗中傷に関しては
つぶせる組織力、財力があるのであれば
つぶす動きをして当然だろう
と自分の経験上そう思う。

組織力、財力なくて
個人的に「攻撃」受けた場合も
脅迫罪や名誉棄損成立のレベルであれば
淡々と通報するのみ。

言論の自由か犯罪か?
というところの線引きに関しては
特段難しく考える必要はまったくない。
ああ、こりゃ犯罪レベルだ!
ってのは
ほぼ十中八九犯罪ですよ。
紅白や年末年始の時間の変化。
さて、昨日は
八王子びー玉の「ドラフト会議」に出て
自分でチーム編成して
パワプロで「対戦」して
初戦で負けたんだけど
ま、とにかくエンタテイメントな時間だった。
うまいこと説明のしようがないんだけど
なんだかおもしろい
としか言い様がない、
ってゆうね。

最近はあまりやってないけど
相方のおぐまも
「漫画を語る会」とか企画主催してたけど
これも説明のしようがないエンタテイメントだったし
昨晩のドラフト会議の主催者は
中前適時打のテーマの作者MIZOROCK。
いったいどうゆう企画なのか?は
相方おぐまのブログ

同企画の出場回数ではベテランの
Masaki Joeのブログ
を参照されたし。

みんなほんとに
前例はないけど
なんか面白そうだからやってみる
ということには
つくづく長けた人達だよなあ
と毎回感心する。

で、それはそれとして
ツイッターでもちょっと書いたけど
「箱根駅伝」に詳しくない。

詳しくないのは
盆暮れ正月全部出勤
ってゆう業界にいたから。
単純にそれだけ。
そのことになんのうらみつらみもない。

紅白とかガキ使とかであれば
録画しておいて
仕事落ち着いてから見る
ってのも
大晦日三が日全部仕事
の頃からやってたような気がするけど
箱根駅伝じゃあさすがにそこまでする気に
ならないでしょう。
普通に考えて。

駅伝うんぬんはともかくとして
ここ数年は
録り貯めた年末年始番組に関して
紅白、ガキ使等のド定番に限らず
「チェック」視聴も
全部が全部じゃなくなってきて
ほんとSNSのタイムラインの
「評判」だけ見て
「見た気になって」
おしまい。
ってなってきてる。

で「都と美空言い間違い」レベルの
大事件があったら教えてくれよ
ってゆう対応なんだけど
どうやら今回はそれはなかったようですね。
何よりでございます。

でまあ紅白に関しては
「これは」という幾人かの歌手のみなさんのものは
なんとかあれこれ見ましたし
ガキ使もまあなんとかあれこれ見ましたが
いろいろとめんどくさいので
感想はあれこれ述べません。
音楽ってのはちょっとした趣味の違いが
あっと言う間に国際紛争になりかねない
火種の宝庫ですからね。
皆様のご家庭でも身に覚えがあるでしょうw

あ、ただちょっと。
たしかに紅白にはこれまで
ああだこうだ
と文句言ってきました。
ええそりゃもう。
なんですけど
「オファー」あったら出ます。
一応わたしはそうゆう者ですw
実際、会社員の頃に
従業員全員「今年の抱負」を貼り出せ
ってゆう指令があった時に
「紅白出場」って書いて事務所のタイムカードの
ラックの上あたり、誰にでも目に留まる位置に
貼ってたことありましたしw
まあ、そうゆうことだから「出世」
しなかったんでしょうけどw

で、年末に江古田マーキーの
「年忘れフォークジャンボリー」に出演した際に
自分が1992年からマーキーに出始めてるから
「四半世紀」を過ぎたってのが
司会進行上の流れで俎上に上り
日本シリーズは西武ーヤクルトだった
だとかなんだとか1992年ってものに
やや光があたる時間があったのですが
客席から「生まれてないです」ってゆう若い女性の声がして
ちょっと眩暈がしてきたんですけど
その流れでいうとその人は
「二部制になる前の紅白歌合戦」も
全然知らないってことなんですよね。
生まれてからこのかたずーっと
「紅白は19時台に始まる」のを「常識」としてきた、
と。
自分のマーキー歴うんぬんよりは
そっちにあらためて驚くわけですよ。
ググって調べてみたら
紅白二部制開始は1989年ですからね。
わたしの「常識」では
紅白は「21時開始」なわけです。
なんでかってえと
就職したのが1989年だったから。
そこから「盆暮れ正月休みナシ」生活が始まった、と。
偶然にも。

でVHS録画からHDD録画に変わった
というテクノロジーの変遷はあったものの
基本、紅白は「早回し再生」チェックでして
その都度、
「21時開始で23時45分終了」であれば
じっくり再生してみるのも一考だけど
19時半~23時45分じゃ長いよなあ
ってゆうね。
でもいまや
そちらが「常識」というか
その「体制」しかしらない人もいるってゆう
そのことに驚きます。
ほんとマジで。

視聴者側からしてみりゃ
長すぎるのはどうなの?
ってのはあるんでしょうけど
職場事務所の壁の「今年の抱負」に
「紅白出場」と書いた身としては
このまま長くてもOKですw
チェックは今後も「早回し」のみですが。
2018年の抱負
新年のあいさつの語句は
ツイッターに書きました。
ブログ、ツイッター、FBとあとmixiもあって
どこで?ってのがありましたけど
ツイッターが便利かな、と。

で、ブログですけど
2018年投稿初めなので
タイトルに「抱負」と記してはみたものの
「辻タダオ」の芸風からいって
そうゆうことをストレートに書くわけないよね?
と思ったあなた。
正解!!

なのですが
特にあえて
強く斜に構えようとも思いません。

なので
あえて抱負のようなもの
をひとつだけ無理やりひねり出すなら
「断酒状態が一秒でも長く続けばいいな」
くらいです。
はいそりゃもうね。

年末からさんざん
大丈夫だろう!おれは出来る!
実際に出来てる!!
みたいなこと書いてきましたが
はい
まだ大丈夫でした(*^^)v

除夜の鐘鳴っても
初日の出見ても
人々が福袋に殺到する光景を見ても
そしてそして全国各地の「酔っ払い」の様子を見ても
まったく「酒」飲みたいって思わなかったので
年が明けてもいまのところまだ
断酒継続中でございます。

酒の神は私から離れていったようですが
野球の神様とか音楽の神様とか
いますので
まあ大丈夫でしょう。
きっと大丈夫でしょう。

「だろう」と「でしょう」でやめといて
結局元旦であっても
「断酒宣言」はしない辻タダオでした。

今年もよろしくお願いいたします。

※尚、ブログの全投稿のFBとの連携は
今回で辞めまして、次回からFBには気が向いたとき
のみ「手動」でシェア
します。理由:FC2の「広告」
スマホで見た時に全然反映されないように
グレードアップした為。※
更新と工事の効用
さて、先だって
2017年の個人的な重大事についても
書いたし、
ネット各所の更新ものんびりペースにするかあ
ってのが
「普通」の人の流れだと推察するわけです。
推察というか事実この時期どこのタイムライン見ても
ああみんなPCやスマホから離れて
のんびりしてるんだろうなあ
ってのは明らかにわかりますからね。
そんななかわたしは書けるときは書きます。
あとお気づきの方もいらっしゃると思いますが
ブログのメイン部分以外の周辺部分、
プラグイン関係は常にちょこまかリンク先を増やす
とかなんとかやってて
「万年工事中」状態。
「横浜駅」さながらな感じになっております。
まあ、もともと「長文乙」といわれがちなレベルで
ダラダラと長い文書くのは嫌いではなかったし
そうゆう文章読むのもべつに苦じゃなかったので
やってるんですけど
最近はべつにやらなくてもいいのにやってる感はありまして
それは何故かって言うと
「断酒」以降に起きている
「身体の変化」に対応するために
ってのがありますよ。
自分の場合は
「断酒して何もかもが好転して
心も体もすっきりさわやか!!」
とはなってなくて
いろんな人にすでに口頭でも説明してますが
「酒浸り」の時にアルコールで麻痺させてた
というか
誤魔化していた「身体のガタ」が
いま一気に噴出中って感覚なのです。
それが「止まらない上半身全体の筋肉痛」
であり
それに加えて上半身のなかでも
「両腕」全体に「痺れ」を感じるようになってきていて
日常の作業動作諸々にも支障が出てきましたよ。
100均やスーパーでそこそこ買い物して
その荷物、その他の荷物で両手ふさがってて
鼻の頭がかゆい
ってなった時に
100均で買ったもの
が入ってる袋を持っている左腕を
鼻先まで持ってくる
ってのが困難になってるわけですw
鼻の頭を掻く
のに一旦立ち止まって荷物を置く場所を探して
荷物を置いてよっこらっしょ
つって
はあ
つって
ようやく掻ける
みたいな。
なわけなので
「自分の頭より高いところにある
無農薬国産レモンを鋏で切り取る」
という「農作業」も
老人にはキツい
天井に位置する電球交換
という「家事代行」も
困難になっておりまして
早い話があらゆる「作業動作」困難なので
「作業員」として使い物にならなくなっている
と。

いやほんとこれからはAI化で
頭を使う仕事
はどんどんなくなるってゆうのに
この状態かよっ!
ってね。

なのでネット上の更新作業やら
ブログプラグイン工事作業やら
そうゆうのは
「気を紛らわせる」のに最適なので
勝手気ままにガンガンやっていますよ

そんな塩梅の日々ですので
言われなくても大丈夫でしょうけど
適当にスルーしててください。

そうはいっても
更新頻度がなんかスゲエなあ
って場合は
PC画面の前で
「あいたたたたたた」
ってなってる辻がいる
と思って
可哀相だ
と思うのであれば
直近で開催される江古田や恵比寿のライブ会場に来て
漫画やCDを一冊一枚といわず
十冊十枚くらい買ってください。
百冊百枚ってなるとちょっと対応できないかなあ。

そうなんすよ
ここまであれこれ半ばヤケクソで
愚痴めいたことを書いてきましたけど
「ピアノと唄」は大丈夫なんすよw
そんな都合のいい話があるか!!
ってレモンの木の棘に四苦八苦している
家の者は言いたいんでしょうけど
事実なのでどうしようもありません。
おれの重大ニュース
ということで、
まだ「唄い納め」はこれからだし、
その他もろもろあれこれ
「忙しい」状態になるかもしれないので
いまのうちに2017年の個人的な「重大」事を
書いておこう。
「十大」にしないのは
何度も記したように
「断酒前」の記憶にあいまいなところが多いからだ。
ってことで
2017年の辻タダオの「重大」事は
①ユニット中前適時打で旅に出始めた
②脂肪肝で入退院したので断酒を開始した
の2点に尽きる。
どちらも
2017年冒頭には思い描いてなかったような
「従前の辻タダオ」には考えられなかったようなことである。
①の旅開始については
生来の「無精者」なので
47都道府県制覇したおぐまゆきの行動については
いやあ凄いなあしかしマネは出来ないなあ
と当初考えていたというか
実際おぐまとは最初の頃は
「まあまあ余裕があったら大都市圏くらいは付き合いますよ」
って話していたような気もするし
周囲の知人の皆様にも
「いやさすがにおぐまのように47都道府県
全部とかは無理なので適当なペースで
自分はやりますよ」とか言ってた気がするんだけど
いまじゃ自分からおぐまに
「こうなったらいけるところは全部行く
47都道府県どころかニューヨークでもロンドンでも行く」
とアピールしまくっているわけだ。
それは何故かといえば
単純に旅は面白いからである。
ま身体的に疲れるのは確かであるが
それを補って余りある面白さ。
何故いままでやらなかったのか?
くらいな勢いである。
ってことで
死なない限り今後も行けるところには
可能な限り行く。
飛行機への恐怖も克服したし
軽度の「パニック」もほぼ無くなった。
完治はしてないだろうが
ツアーには支障ないレベル。
それもこれも
「どうせいつかは死ぬんだし」
ってゆう「開き直り」の気持ちが芽生えたからだろう。

②の断酒だが
厳密にいえばいま現在は
「断酒をしている状態」ということである。
なのでここのブログでも各種SNSでも
「断酒宣言」めいたことは書いてない。
書いてないんだが
禁煙の成功っぷりから考えれば
自分の体感からしても
かなりな確率で断酒も成功する気がする。
というのも
なんといっても
「酒」と親和性の高い
「旅」というか「ツアー」に出ていても
全く「禁断症状」が出ないのだ。
で、入退院前はツアー中も
それこそ陽の高いうちから
「旅だ旅だ旅といったら
ご当地の地酒だああああ!」
と呑みまくり
相方おぐまは舌打ちしまくり
という日々。
ご当地の美味い食べ物
なんかも
「二日酔い」で全く食べる気にならず
「あ、おれいらないっす」って感じで
おぐまのテンション下げまくり
だったのだが
いまは「二日酔い」しないので
逆に「食べ過ぎ」なんじゃないか
というくらいの180度の変りっぷり。
旅先で見るシブーい風情の呑み屋街なんかにも
全く「うらやましさ」を感じない。
のでおそらく大丈夫であろう。

そんなこんなで
まったくもって
人生の転換点
であったと言っても少しもおおげさではない
2017年だったんだが
まあここのブログのタイトルである
「全力リラックス」という基本精神は
あまり変わってない。

旅に頻繁に出て
酒を呑まなくなった
のは確かだが
根本のところで
「人生こうあらねば」
とか
「辻タダオはOOである」
とか
「辻タダオはOOのようになる」
というような
「ある」「なる」みたいなのは
ほとんどやっぱりない。
もうけっきょく
「いま現在の辻タダオの状態」はこうだああだ
ってことの連続でしかないし、
説教や教訓話を他人様にするのは好まないし
人の説教や教訓話も出来るだけスルー
ってゆうのも変らないので
タバコは吸わない方がいいですよ
とか
酒は飲まない方がいいですよ
なんてなことを
ひとに言うつもりもさらさらない。

で、2017年はいろいろ重なる年で
47都道府県制覇の猛者
相方のおぐまも「喉」をやられ
苦悩葛藤の日々で
それを横目に見ていた自分も
酒でぶっ倒れて
まさしく「共倒れ状態」に陥り
結成当初
「頑健ユニット」だった中前が
「病弱ユニット」になってしまい
2017年の年の暮は
それを克服しつつある過程の真っただ中で
出してる音や唄い方弾き方いろいろ諸々
変化せざるを得ないところも多いんだけど
辻タダオ個人の基本理念
「全力リラックス」は変わらないが
とにもかくにも
中前適時打は
互いに死なない限り何が何でも続ける
ってところだけはきっぱり
「断言」しておく。
酒と訃報の記憶について
ま、ちょっとツイッターでも触れたんだけど、
酒飲まなくなってそんなに経ってなくて
まだ2か月とちょっとなんだけど
普通に
あたりまえのように
「ガンガン」
呑んでた頃
ってのが
物凄く「昔」のように思えるし、
「飲まなくなったあの日」
から
いまこれを書いている「現在」までの年月が
途方もなく長く感じるってことは
時間の流れを「遅く」感じてるってことで
それは何故かと言うと
単純に「呑んで記憶を無くす」ことが
無くなったからだと思う。
ただし呑んでいようがいまいが
「記憶力わるい」ということにも気づかされたりして
それはそれでブルーでもあるw

で、酒のせいにしていいのかどうなのか
微妙なのが
呑んでいた頃の
「世の中の動向」
つまり「ニュース」のあれこれの
細部に関してはほとんど忘れてるのだ。
そりゃもうびっくりするくらいに。
特に著名人の物故者の件とか。

年末なので
自分ではほとんど積極的には見ないTVを
家の者がつけてる場にたまたま居合わせた時に
バラエティーやニュースで「2017年を振り返る」的な
コーナーが流れてたりするんだけど
悲しげな音楽と共に今年亡くなった著名人の紹介が
始まった途端に
え?この人死んでたんだ!?
ってのの連続で
我ながらびっくり。
おそらく速報的な訃報ながれたのは
ネットか新聞かTVか
何かで接してはいたんだろうとは思うんだけど
いまから振り返ると最も「昔」の部類になる
「2017年初頭」の頃にお亡くなりになった著名な人
の通夜告別式映像やら生前映像なんかは
まさに「ニュース」になってしまっているのだ。
自分には。

で、さらにいろいろつきつめて
「著名人」「有名人」の顔をあれこれ思い浮かべて
生きてる人
お亡くなりになった人
の区別をつけようとしてみたところ
これまたかなりな人数
「どちらかわからない」
ことにあらためて気づいた。

ま、これに関しては
「酒」呑む呑まないの問題じゃなくて
単に
新聞やTV等の既存の「大手メディア」に
触れる機会が減って
増々「個々」に過ごす時間が長くなり、
著名人有名人芸能人を話題にあげる場
が加速度的に減ってるからだろう。

ただ、つい先日の
沙知代さん死去の報に
なんだか想像以上に
自分としては「動揺」したのは
呑まなくなってから初めての
「自分も知ってるし世間の人も知ってる有名人」
の死
だったからかも
と感じる部分もあってなかなかに微妙だ。

いずれにしても
これは「歴史の流れ」からすれば
「たまたま偶然」としか言いようのないことだけど
今後しばらく「20世紀に隆盛を誇ったマスメディア」の力で
「有名」になった世代の人達にどんどんお迎えがくるのは
間違いない。
ということは
毎日毎日訃報だらけ
の日々ってゆう事態に
日々ますますどんどん拍車がかかる
ってことだ。

単純な話、
それに全部つきあってたら
キリがないし
まあ気も晴れない。

ということで
いままでもそうだったけど
今後も有名無名に関わらず
「訃報」には極力触れないようにするし、
また仮に触れたとしても
その亡くなった人が有名であるかもしれないし
そうではないかもしれないし
それはそのときになってみないとわからない
ということにしておこう。
訃報には絶対に触れない
って決めるのもそれはそれであれだし。
「意識高い」自分も思う。テレ東すばらしい。
ってのがこの
テレ東、今度は「壁の落書き全部消す」…「ニッポン激ヤバ地帯を大掃除!坂上忍のピカピカ団」
で、表題のように実際ほんとに消すそうなんだけど、
いろいろ「懸念材料」も指摘されるなか私が思うのは
あれですよ、被害者の人のあいだに
「いつかテレ東さんや坂上さんが来てくれる」
という依存心が芽生えちゃうんじゃないか?
とか、まあそれくらいかなあ。
落書きとアンモニア臭の街だったニューヨークでは
とにもかくにも「市長」のトップダウンで
街を綺麗にしたってってゆう例もあるので
行政は何もしないの?とかね。
ま、でもライブの本数増えて
離職直後は出不精で三多摩内に閉じこもってる時間が
圧倒的に長かったのが、ここ2年弱で
地方はともかく、「都心」のあちこちに行く機会も
かなり増えたんだけど
ほんと「落書き」に関しては、
多摩地区→都心(23区)の流れで
移動すると、いまは慣れちゃったけど
当初は真面目に驚いたなあ。
え、東京都心っていつのまにか
北斗の拳の世界になっちゃったの?
みたいなw いやほんとおおげさでなく。
以前は落書きは「郊外」の方が多かった気もするし。
で、現在は特に杉並区、新宿区とかは
ヤヴァい感じですねえ。確かに。
ま、やられちゃうのは
街をブラブラ歩いて見てると
やっぱり圧倒的に「個人宅」や「個人商店」。
個人だと、
「防ぐ」のも「消す」のも
かなりの負担になりますからね。
ま、でも個人施設じゃなくてもやられることは
あって、以前に「勤務」してた大田区のとある店舗施設で
夜中に2、3人で「駐輪場の壁」にやられた。
なんだけど、まあ「個人」じゃなくて、
「チェーン展開」してる「企業」の施設であるから、
そもそもの「犯行」の様子も
時間や人数に関しては「防犯カメラ」で録画された映像が
HDに残ってたりもしたし、
さらにそこそこの規模の商業施設の建物だから
「出入りの清掃業者」もいるから
ほとんど一両日内に跡形もなく消せた。
むろんそのぶんのコストもかかって明白に「被害」を
受けたのには違いないんだけど、
「個人」がやられるよりは
痛みの度合いも少ないし、
犯人の顔かたち背格好までは
夜だったので「画像不鮮明」だったのを
逆に利用して、駅貼りポスターサイズで
犯行グループへの威圧の意味で
「注意喚起ポスター」作って、
落書きされた場所付近に貼ったりもしたけど
そんなことも「個人」でやるのは大変ですからね。
ということで、
ライブのお客様には
酔っ払い適当シンガーってな
イメージが強かろうと自分では思う
「辻タダオ」ですけど
「施設防衛」的な職務に長く携わってたので
意外や意外
そこそこ「防犯意識」高いんですよw
そうゆう意味では
「意識高い系」ですよ( ^)o(^ )
いやほんとマジで。
「ごく普通」とは何か深く考えさせられる。
この
ごく普通の家庭から世界レベルの「10代ゴルフ選手」が育った理由
という記事のタイトルそのものに使われてる
「ごく普通の家庭」ってゆうその語句から
あれやこれやいろいろ考えさせられた件について書く。
なのでゴルフそのものとか畑岡選手の人となり、とか
についてはほとんど触れないのであしからず。
ここで言おうとするのはただ単に
「常套句」は
はたして「常套句」として機能し得るのか?
ってこと。
この「ごく普通の家庭」のような言葉とか。

記事をそんなに長く読み進まないうちの
早い段階で畑岡選手の家庭について
「ご近所の人談」という形式で説明的に記されている。
それによれば
畑岡選手視点からの「家庭」の概況は、
①実家は茨城県郊外の田園地帯で母方祖父母宅と
畑岡宅の2棟が建っている。
②祖父は元公務員。(記事文中では「役所勤め」)
③父は家具販売の現役会社員で学生時代
「陸上部」で走り高跳びの選手。
④母は「元ゴルフ場従業員」でいまは専業主婦(かも)
となっていて、
わたくし思いますに
④がある時点で全然「ごく普通の家庭」じゃないじゃん!
と。
いやほんと。
確率論で言っても。

大雑把に均して
「普通」な点を言うのなら
①祖父母世代は公務員として生計を立てた。
②父母世代は会社員として生計を立てている。
の2点。
ま、これは日本国中全国津々浦々
よくあるパターンの家族構成ではあるだろう。
しかし「ごく普通」って言い切るんであれば
職種その他細部も追わないと、
わたしのように「え?それって普通なの?」って
感じる者多数なんじゃないのか?
「役所勤め」ったって
役所にもいろいろあるし。
会社員といってこの場合は「家具販売」なので
ものすごく「変わった」印象は受けないけど
人生いろいろなように
会社も「いろいろ」なのではないのか?
で記事の書き方としては
シレーっと流れてるけど、
母親が従事していたという
「ゴルフ場勤務」の経験者って
日本の給与所得者、元給与所得者全員の総数から
割り出したら、かなりの「少数派」だと思う。
少なくとも自分の「親戚筋」にはいない。
さらに言えば子息に「ゴルフを指導」する母親、
というか「指導できる母親」もいまだ会ったことはない。
さらにさらにいえば父親の「元陸上部員」ってゆう過去も
元文化系部活所属員である自分からすれば
まったくもって「別世界」だったりするし。

つまりこの記事というのは
読めば読むほどに
「表題との矛盾」が加速度的に噴出しまくる仕掛けに
期せずしてなっているのだ。

筆者は表題に「ごく普通の家庭」という
一見ありふれたような語句を
忍ばせることによって
「はきだめにつる」的な
ストーリー展開を意図したのかもしれないが
結果的に第三者からしてみると
そうはなっていない
ってゆうね。

だってどう考えても
アスリート家系の
しかもゴルフ環境至近の
「ゴルフエリート」まっしぐら人生
以外のなにものでもないじゃないですか。
この畑岡選手ストーリー。

「ごく普通の家庭」とかいう
語句で
庶民性とか平民性とか
まあ「ぼくたちあたしたちと
そんなにかわらない」のに
こうして立派な人も~~
というニュアンスをだそうってゆうこのやり口は
どうにもこうにもあんまり好きじゃないんですよ。
ゴルフや畑岡選手が「好きじゃない」のではなく、
この「記事の書き方」が好きじゃない
ってことですからね。
しつこく念押しますけど。
ま、記事の書き方というより
ほとんど表題の付け方
ってことかなあ。

ま、ようは
美談でもないのに美談にする
苦労話でもないのに苦労話にする
ってゆう
「盛る」っていう行為かな。
これは。

で結果的に「盛る」効果は出てない、と。

で、話は極私的な領域に飛びますけど
中前適時打結成後全国各地に行き、
元々やってた首都圏も含めて
「ライブ本数」増えて
「出会い」も増える。
そして自然のながれで
時に「初めてあった人」の「境遇」やら
「身の上話」やらを聞くこともある。
もちろん大多数は弾き語りやったりユニットやったり
バンドやったり企画やったりお店やったり
ってゆう「音楽関係者」ですよ。
で「音楽関係者」ってのも
その他の分野の「関係者」からすれば
十分「特異」に見えるでしょう。
その「特異」に見える狭い世界のなかでも
「境遇」はもうそれこそバラバラで人それぞれで
一定の傾向ってのは見いだせない。

いったいぜんたい
「ごく普通の家庭」ってなんなんだ?
ってことですよ。

そんなの最初からなかったんじゃないか疑惑
ですよ。
これはw

なので本人たちが
自分たちは普通と思って
何食わぬ顔して暮らして
それで幸せならばいいんじゃないでしょうかね。
他人がとやかく言う事じゃないですよ。

てなこと思いつつ
「沙知代さん死去」の報を受けて
想像以上になにか得体のしれない
喪失感を覚えている自分を発見した
きょうこの頃なのでした。
酒の代わりは梅だよ梅
さて、新宿の街中の雑踏のなかで倒れて
救急搬送されて2泊3日で入退院してから
およそ3週間経つのだが、
その根本原因となった酒類は一切口にしてない。
実際家でも外でもほぼ毎日のように
呑み続けの日々だったのに
「ほとぼりが冷めたら呑むかあ」
という気にもならないのは
倒れ方が自分でも「尋常じゃなかった」と思うからだが
「酒ナシでどう過ごすのか?」問題は
退院翌日から発生。
結局、コーヒーと酢だ。
あと抹茶オーレとか。
そのへんのもので意外にもというか
十二分に口寂しさは紛れる。
しかもどれもそこらのスーパーで売ってるような
ものばかりなので経費的にも
「毎日何かしらの酒を呑む」のに比べると
断然安い。
それとはべつに、
ここ数十年来「豪農の家」に
嫁いだ関係上
セレブ感覚で暮らしてきた
「実母」の元に届く盆暮れの付け届け
のなかにいかにも高級そうなハチミツがあり
さらに母は「成城石井」常連で、
調味料その他乾物等には凝る性質だから
SANWAやヨーカドーや西友では売ってなさそうな
無添加生姜パウダーなんかも
ふと買ってきたりするので
それと高級ハチミツをお湯に溶かして
呑んでいたりもする。
これはマリーアントワネットクラスじゃないと
呑めない贅沢な代物だが
自分の財布は全く痛んでいない。
だがいまあるそのハチミツなくなったらおしまい。
で、最近の「日課」でもある
「そこそこ距離のあるダイソーまでの往復散歩」
にて
梅こぶ茶があるのを発見!
ああ、これだ!!
と。
この境地こそおれの求めていたものだ!
と。
季節も季節だし
焼酎お湯割り梅入り
呑んでる気分で
まったりしつつ
ライブの仕込もしつつ
日シリ第6戦見るぞー!
オタク要素
人生いろいろ
人それぞれなわけであって
自分の場合は諸事情あって
今現在「実家」ってものがない。
で、前にも書いたかもしれないけど
もし「実家」があったとしたら
もう100%まちがいなく
「オタク」になってたと思う。
何故なら「凝り性」というか
ハマり癖みたいなのは間違いなくあるから。
「オタク」ってのとは意味が違うかもだけど
何度も書いたように
パチンコ、パチスロには死ぬほどハマった。
それとあとゲーム。
ファミコンからスーファミの時代だけど
ゲーム廃人か!
くらいにハマった。
ドラクエ、FFとか
に限らずプヨプヨ、桃鉄みたいなの全部。
つまり
陽水の「青空ひとりきり」の歌詞のように
「楽しいこと」は
なんでもやりたくなっちゃって
一度やりはじめたら
キリが無い
みたいなね。
ある意味
「欲望」にだらしがない
とも言える。

なので
家の者に
スーファミ本体を強制撤去されたとき
まあしかたないなあって
ある意味達観してたw

音楽なんかも
カセットテープにFM音源エアチェック
バリバリ全開世代なので
TDKのカセットテープのパッケージに
「字体」を
きちんとそろえて
何月何日どこの会場で演奏
そして演奏者名全員記名!
とかやってた。

それも「いまの自分」では
まったくもって
考えられない行為ではある。

なんというか
「自然の流れ」で
人生において
「断捨離」してたのかもしれない。

で、自分はほんとうに
それをしたかったのかどうかなのだが
そのへんは微妙だ。

立派な「オタク」になってもよかったような気もするし
でもべつにそんなのどうでもいい気がするし。

いずれにせよ
夏の日テレ風物詩
サマーウォーズ
のあの舞台のように
「実家に全員集合」ってことは
もうない。
実家がないから。

でもなくても
いいと思う。

あればあったで
そっちの方が
面倒な気がする。
東より西って感覚は何故なのか?
まあ、人それぞれなんだろうけど、
まだアメリカ文化の影響を
そんなに受けてもいないはずの
低学年時代に
東より西に行きたい
と思ってたのは間違いなく
小田急線に乗るのであれば
新宿方面じゃなくて
小田原箱根方面に行く方が
絶対に楽しい
ってほぼ妄想的に思い込んでた。
いまでは全くそんなことは考えず
冷静にフラットに物事見る大人になったんだけど
なんでかしらないけど
当時は
新宿より
名古屋や大阪や神戸や博多の方が
絶対に楽しいに違いない!
と信じていたわけだ。
まさにビレッジピープルの
GO WESTの精神だ。
しかもその頃
まだGO WESTはリリースされてないのに。
日はのぼり日は沈む
ってゆう自然の摂理で
そう思い込むようにできていたのだろうか。
まったくもって謎である。
ゴールドラッシュでカリフォルニアを目指した荒くれ男
の生まれ変わりなのかな
とかもちょっと思ったけど
それはほんとに
「ちょっと」だけであって
基本「オカルト」は一切信じないタイプの者だ。
東に行くと
「なまはげ」がいるので
子供心に怖かった
だけかもしれない。
単身赴任と自炊とお役所の人
私は会社員時代、
人事異動の話は
一度も断ったことはないので
「単身赴任」経験は何度かあって
細かくは思い出せないんだけど
2か所で1年とちょっとくらいだったかなあ。
で、そのときはどう考えても
「自炊」はしてなかった。
すべて「外食」とか「コンビニ」。
ってのもそもそも
「単身」だとそっちの方が安上がり
だし時間の節約にもなるし、
あとそもそも
単身者用の寮の部屋が
ほぼワンルームで
コンロもガスじゃなく
電熱式だったりしたんで
それじゃあまあ料理をする気にはならない!
みたいなね。
人口が密集してる東南アジアの国々の
都会の住民のみなさまはそもそも
まったく自炊しない、とかあるみたいだし。
でもまあそうゆうのもケースバイケースで
自分の場合は「店商売」の会社員だったから
単身赴任先も首都圏内で
そこそこ人口もあって飲食店やスーパー、コンビニ
なんかは当たり前にたくさんある
って環境だったから
自然「自炊せず」を選択したんだけど
これが首都圏ではない「地方」だったり
あるいはもっと極端に「離島」だったりしたら
そうはいかないかもしれない。
マジで
「ちょっと裏でにわとりシメてくるね」
とか
鉄砲持って
猪狩ってくるね
みたいなサバイバルゲームを
やらざるを得ない!
みたいなね。
山菜とってくるよ
魚釣ってくるよ
とかね。
児童生徒の頃に
ボーイスカウトもやらなかったし
キャンプとかの
アウトドアなレジャーには
ほとんど興味を示さなかった
「もやしっ子」の自分には
とても無理な生活です。

で、話はちょっと飛ぶんですけど
人事異動とか単身赴任とかに
若干からむ件だけど
いわゆる「公務員」のひとたちって
けっこう「異動」多いんですよね。
自分が関わってきた公務員というか
お役人さんは前職から現職のながれだと
警察署とか市町村の農業課とか
都の農業課とか
そういった関連の人達。
公務員のなかでも
いわゆる「身体動かす」系な人達ですよ。
とにかくこういった方々は「異動」が多いんで
担当のOOさんお願いします
と連絡しても
OOは小笠原島に異動しました
とかザラにある。
で、いつも痛感させられるのは
こうゆう身体動かす系のお役人さん
って
しかも日本のお役人さん
って
世界70億人の人類のなかでも
「最強」なんじゃないか
ってゆうね。

まず規則正しい生活なので
「健康」だし
太ってたり
やせてたり
とか極端な体型の人はいなくて
皆「精悍」な印象だし
収入も安定してるからか
メンヘラな感じの人はいないし
警察署の生活安全課はちょっと違うんだけど
農業系のお役人さんは
ほんと「農業オタク」というか
いわゆる「理系」の
「生物学」とか「地学」あたりの科目に
関しては滅茶苦茶博識で
話も面白いし
「コミュ障」の気配も皆無。
で、体力もある
ワイルドでサバイバルな
アウトドア派
ってことで
インディージョーンズか!
みたいなねw

野に放たれた者としては
「公務員」とか「お役人」とかは
嫉妬の対象
になるのは
まあ「普通」なんでしょう。
私も時々嫉妬しますよそりゃ。

でもこれまでの
職歴の関係上
「絶対にさからってはいけない」
ってゆう
感覚は身体に染み付いてるんですよ。
哀しいことに。

いやべつに
哀しくはないのか。

特にパチンコホールのときの
警察署との書類のやりとり
とか
ミスると
もしかして
会社ごとふっ飛ぶ
って怖さがあったから
さからうとかさからわない
とかそうゆうレベルの話じゃなかったし。

まあいまとなっては
よくわからないっすw

手続きとか
申請うんぬん
とかあれこれに関しては
いまの方が全然楽かなあ。
こだわりが無さ過ぎて
怒られるタイプの者である。
デリカシー無さ過ぎ!
って非難されがち
みたいな。

ついさっき
ネットサーフィンで
ツイッターみてたら
「納豆をパックのまま
食卓にだしてきた」
ってゆう「彼女」を
猛烈に非難してる男性が
さらにいろいろ非難されてる
ってゆう
ネット上でよくある光景を
チラッと見たんだけど、
そうゆうところの
「こだわり」ってマジで
ほんとひとそれぞれで
ちょっとまえに話題になった
弦楽四重奏のドラマの
唐揚げにレモン汁を一気にかけるのか否か
とか
いろいろあるじゃないっすか。
わたしなんかは
全然なんにもほぼ気にしないタイプなので
え?そんな細かいこと気にするんだ?
って思う事がいちいち多いんすよね。
ってべつに
親や年長者から
なんの作法も教わってないってことじゃないっすよ。
親や親戚の名誉のために明記しておきます。
箸の持ち方やら
食べる順番やら
やっちゃいけないこと
とか
それなりに数多く聞いたのは間違いない。
しかし
忘れるw

そうゆう類のことを
「覚える」能力がないんでしょうね。

あとは自宅と畑宅を往復し
寝泊まりしたりとかいろいろしてますけど
食事もそうですけど
家事の段取りなんかも
世界70億人
全員違う「思い入れ」があるんだろう
といっつも痛感してますよw
台所の「物の置き場所」とかも
いやあおれならこうするね!
って
このおれでも思うくらいですからw

で、自分の場合は
食事に関しては
「合理的」に済まそうとする傾向があるので
「納豆をパックのまま出す」
のには
特に抵抗感ないんですけど
じぶんの周囲の家人は
全員「抵抗感」あるみたいで
やはり「皿」に盛り直すわけです。
納豆に限った話じゃなくて
出来合いの総菜類買ってきた時とか。
わたしはどっちでもいいって思ってますけど
本人がそうしたいんなら
そうすればって感じかなあ。
なんというか
私の周囲の家人は
全員女性で
学生時代会社員時代の私のように
「男のひとりぐらし」とかしたことないからかなあ
みたいなね。
パックのままでささっと食べれば
皿を洗う手間省けるじゃん!
って思っちゃうんですけど
それじゃ「風情」がないのも
まあそのとおり。
でも
「彼女がパックのまま納豆出して」
怒ってるのは
男性みたいだし
まあ、そうゆうのも
老若男女問わず
「人それぞれ」なのかなあ。