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全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
雑録8
贔屓チームの東北楽天が負けたら
気晴らしに何かの「創作活動」をその都度やる!
と宣言したのでとりあえず先ず今この「雑録」に
手を付けてるわけだ。

「創作活動」の種類、内容はなんでもかまわない
ってことにしたので
ブログで雑録書くのも当然それに含まれる。

それにしても最近はツイッターに慣れちゃってるので
2年前より過去さかのぼって15年くらいはずーっと
継続的に出来ていた「毎日のように何か長文を書く」ってのも
かなり億劫になってきてるけど
思いつくままにいくと
橋本治の「浮上せよと活字は言う」
って本に書いてあったんだけど、
橋本治は「枕草子」現代語訳を書いた行きがかり上
イギリスの映画監督ピーター・グリーナウェイと多少やりとりがあった、
ってことだったようだ。
でピーター・グリーナウェイの「プロスペローの本」という映画は
自分も数か月前にDVDで見た。
で、ああこれシェイクスピアの「テンペスト」なんだ、
ってのを知って、当たり前のように「未読」だったので
映画見たあとに図書館で借りて読んで、
さらにはブックオフで100円で福田恒存訳の新潮文庫も買った。
この一連の「観たあとに読む」の行為の流れは橋本治も同じだったようだ。
ってだからつまり「プロスペローの本」のことを橋本治が書いてる
ってなことは知らずに映画は観てたし、
その後数か月内に橋本治の未読の本のページをめくってみたら
あ、こないだ観た映画の話じゃん!
ってなった、とこういうわけだ。

で、だ。
自分が驚いたというか言いたいのは
橋本治がグリーナウェイと接触あったり
とか
橋本治も自分も
あるいは日本人全般も
「テンペスト」当たり前のように読んでる、知ってる
ってほどにはシェイクスピアに慣れ親しんでない
ってかみんなろくすっぽ本読んでないじゃん!
ってことをあらためて痛感する!
とか
そうゆうことは最早どうでもよく、
「テンペスト」って新潮文庫だと最早タイトルすら見えない
つまりは「あらし」ってことか!
とか
そうゆうことも最早どうでもいいわけで
ともあれ自分が驚き
ちょっと憤ってさえいるのは
映画「プロスペローの本」に出演している
多数の全裸の登場人物たちの
性器部分無修正の本編を
映像処理技術を担ったNHK職員その他
製作に関わった当事者等
一部関係者のみで日本国内で上映視聴する機会があった
ってところなのである。

おいおいおい
だったらおれにも見せろよ!
ってそうゆうことを言いたいんじゃなく、
だったらもうその時点から
「無粋な性器ボカシはよしましょうよ」って
声高に言っとけよ、と。
そう言いたいのだ。

特に「皆様のNHK」職員なんかは
性器丸出し映画の制作に関わったのであれば
なおのことである。

自分の基本姿勢は
表現の自由どんどん推進派
なので。

というかまあ
映画「プロスペローの本」が日本初上陸、初公開された当時、
そして橋本治がそれに関して旬の時期にいろいろ書いてた当時、
とはまた状況がだいぶ変わってて
ポルノではない欧米映画の性器描写に関しちゃ
レンタルDVDだとほぼ解禁状態にいまはなってるんですね。
これが。まあリリース時期にもよりますけど直近数年だと。
年明けくらいのCSでもヴィスコンティーの「イノセント」とか普通に無修正だったし。

「イノセント」なんかは観りゃわかると思うんだけど
わいせつうんぬんかんぬん以前に
性器無修正じゃないと話が見えなくなっちゃいますからね。
脚本の造りから考えて。
「プロスペローの本」
も隠したら意味が通じにくくなるところあるな。

なんにせよ「性器ボカシ」はどう考えてもナンセンスの極みっすよ。

とりあえず今現在は欧州映画の「性交場面」ではないところの
全裸人物の主に「男性器」に関しては解禁っぽい流れのようだけど
自分の意見は
「性交場面」だろうが「性交以外場面」だろうがなんだろうが
男性器だろうが女性器だろうが
ゾーニングはきっちりすることを条件に全部解禁でよろしく!
ですね。

ま、とにもかくにも
伊藤整、野坂昭如、大島渚、等の先人達に敬意を払いつつ、
今現在を生きる、ろくでなし子の援軍でありたい!
と思う一市民ですよ、と。

今日のところは言いたいのはそれくらいかな。
雑録7
そもそも「トラウマ」ってそんなに
みんながみんなちょくちょく
そしてかなり頻繁に抱えるものなのか?
って疑問はある。
バッドエンドな後味の悪い映画を挙げよ
みたいな記事とかアンケート風なコンテンツを
ネット上ではよく見かけるし
で、鑑賞したらトラウマ抱えました、
みたいなコメントもありがち。
そういったコメントは真剣な気持から
発せられたものがほとんどだとは思うが
ネットってのはみんながみんな
「ほんとのことしか言わない」世界ではないので
まあ、話半分に接するようにはしている。

映画はともかく幼少期とか
あるいは児童生徒の頃の
「物心つく前」の出来事で、
後から考えてみると
「あれがトラウマになってた」的なのってのは
「物語」の筋立てに使われることもよくある。
典型的なのは
幼い時の衝撃体験→凶悪犯罪者に
みたいな。

それも実際にそうゆう人もいるだろう。

しかし
さすがに世の中隅の隅まで
みんながみんなトラウマ抱えまくり
とは思えないわけだ。

ミスターチルドレンが
みんな病んでる
と唄ってたときも
「いやいやそんなにみんながみんな
病んではいないだろっ!」
って突っ込んだぐらいだし。

世の中みんな病んでる
みたいにはやし立てられて
もしかしておれもあたしも病んでるのかも
と思い込む構図が
蔓延してるのではないか?
と疑ってるわけなのだ。

まあもちろん
それはおれが単に人と比べて
大雑把で図々しい性格だからかもしれない、
みたいな自省の念も持って
逆側から自分をも疑うようにはしている。
してはいるけど
やっぱりどう考えても
そう簡単にトラウマは抱えないだろう
人というものは
ってな疑問はここのところふくれあがるばかりである。

あるけど真剣にトラウマに関する悩みを
吐露している人を揶揄するつもりもないし
露悪的に振る舞ってそこをつっつこうって気も無い。

自分も鬱をある程度抱えているし。

ただそれにはっきりとした原因はなく
日々の積み重ねの結果、と解釈している、と。
自分の場合「トラウマ」が原因だとは考えにくい、と。

とにもかくにも
「なんでおれはそんなにトラウマがないんだろう?」
とか思い悩まないように気を付けることとする。
雑録6
さて、またネット各所、
いろいろ整理して
読書メーターを始めてみたりして
その過程でいろんなところを振り返ってもみた。
そうすると「流行語」の栄枯盛衰みたいなものもわかる。

で、「ギタ女」だが
自分のブログの投稿で確認すると
2014年頃に朝日新聞が言い始めてる感じだな。
さすがに最近は使わなくなってきてる、
というかもう「死語」に近い。
そもそも類語の「リケ女」なんかもふくめて
「女」の字を含む流行語はもう出てこないかもね。
LGBTとかme tooとか諸々の動きが活発だから。

それに関しては個人的にはどうでもいいんだけど
死語的なものを組み合わせてみる遊び的なもの
は嫌いではないのでやってみよう。

ギタ女に合わせるならそりゃもうなんといっても
「ボビ男」
じゃなかろうか。
「ギタ女とボビ男がコラボして子供部屋おじさんの汚部屋から
tiktokで世界中に発信!!」
みたいなのを思い浮かべてみると
いい感じに偏頭痛がしてくるじゃないか。

そもそもギタ女とボビ男じゃ水と油みたいなもんだから
コラボ自体が成り立たないと思わせつつ
そこをまた青春ラブストーリー映画に仕立てるのが
地上波テレビ局のどこか
って感じの世の中だな。
今は。



雑録5
年も明けたけど、
最近はツイッターが主戦場になってるので
ブログのほうはゆったり適当にいこう。
ツイッターが適当じゃないって話でもないけど。

年末年始つぶやきながらだんだんと
長年来の自分の「過剰な演出を避けたがる」癖は
じゃどこに原因があるのか?
みたいな疑問がふくらんできている。
なのだがこりゃもう
「なんか知らんがそこには居たくない」としか言い様がない。

ただ、
うっすら遠因みたいに思えることもあり、
それは低学年児童の時
「学童保育」に通っていた頃に
かなり無理矢理にあれこれやらされた
ってやつかなあ、みたいな。

お絵かき教室

芝居

柔道
は間違いなくやらされたはず。

そうそう柔道もやってたんだ
児童の頃に。

高校の体育だけじゃなく。

でお絵かき、芝居、柔道
それら全てが「苦痛」だったのはもう間違いない。

そんなことより
普通に団地の芝生野球とかメンコとか
仮面ライダーごっことかコマ鬼とか
あるいはダラダラテレビ見る、マンガ読む
といったことの方を間違いなく好んでたし。

で、お絵かき、芝居、柔道、
習い始めるにあたって
親は全く関与しておらず
関与は「学童保育に預ける」ところまでなわけだ。

で学童保育から親に
「お絵かき、芝居、柔道なんかをやらせてます」
といったような報告は事後でいってたんだろうけど
そりゃもう親にしてみれば
テレビやマンガに夢中になられるよりは百倍マシ
って考えるから
ああもうどんどんやらせちゃってください
ってなるわけだ。

自分の場合
かなり昔の話ではあるけど
間違いなくはっきり断言できるんだが
「早熟」な児童では全然なかった。
特に低学年の頃。

「口開きっぱなし」「鼻水でっぱなし」
みたいな感じで
自我の芽生えの予兆ゼロ!
だったはずだ。
で身体小さいから
大きな女子によく投げ飛ばされてたし。

「反抗」を覚えたのはやはり5年6年生くらいからで
そういう意味じゃ「ボーッと」生きた低学年時代だったのだ。

芝居で「大きなかぶ」とかやらされて
なんか変な白いタイツみたいなのはかされて
「やだなあ」「めんどくさいなあ」
と思ってはいたものの
それを表す術を知らない、みたいなね。

絵とかもともと得意でないものを
なんでまた学校離れたところでわざわざならうのか?
だし、
柔道なんかあんな痛そうなもの子供が好むわけがない。

ということで
「あれこれやる」のが嫌だから
「あれこれある」のも嫌だ
って後年なったんだろうと思う。

なもんで
「軽音楽」長年やってるんだけど
ロックに関してはフェスもコンサートもライブも
ほぼ自ら率先して会場に足を運んだことはない。

立って踊って観る?????
あーそりゃもうちょっと勘弁っす。
なのだなあ。

音楽生で聞くなら
「座り」じゃないと嫌だなあ
ってことですよ。

で、演出ある、客側の動作に規則ある、とか
論外なんですね。自分の場合は。

なわけでロックはステレオで聞く音楽ではあるけど
会場に足運ぶもんじゃなかったのです。
自分としては。

演奏もするし唄いもするけど
「ロックンローラー」を自称したことはないっす。
こりゃもう仕方のないことです。

客席に向かっては
「ゆっくり座ってくつろいでください」ってまず言っちゃうしw

ロックの才能のある人には尊敬の念しかないですよ。
自分はこうゆうていたらくですからね。
もうほんとすいませんとしか言いようがない。

座ってゆっくりみてるお客の前に
さっと表れて
すっと仕事して
ちゃっと帰る
ってのがいいかなあ、と。
自分としては。

だからもうあれなんすよ。
最近の吹奏楽部がなんかもう
「総合芸術学部」みたいになってて
歌あり芝居あり踊りあり
になってるのとか
まあそりゃ凄いことなんでしょうけど
ああちょっとおれには無理だなあそれ
ってなるわけです。

自分が中高の頃は
体育館に椅子と譜面台だけ用意して
サッと演奏してサッと撤収しておしまい
でしたからね。
「振り付け」なんかも絶無で。
ぶっきらぼうっていやあそれまでなんでしょうけど、
それで十分だと思うんですけどね。

まあ映画とか芝居というか演劇なんかの
「演出」が過剰なのは特にどうこうは思いません。
そうゆうもんだと割り切れるし。

音楽の「生」に関しては
やっぱり「演出」要素は自分はあまり望まないっす。
もう好みなので仕方ないっす。
最初から「劇」付きのオペラとかそうゆうのは置いといて。

なわけで
「演出忌避」に関しては
加齢で余計なものをそぎ落としたくなる
「枯れた境地」で言ってることではなく
三つ子の魂百までって感じで
昔からほぼ一貫してそうだった
ってことなのです。

パチンコパチスロもその流れでいえば
羽根モノとジャグラー等のワンショット系スロット
以外のほぼすべて「邪道」と考える者であります。

ど定番「海物語」の魚群ですら鬱陶しいっすから。

そこも三つ子の魂百まですよ。
そりゃもう。

とかいって
中前適時打のステージが
絶対に「芝居仕立て」にならないとは言い切れません。
生々流転ですからね。
いろいろな方々の刺激的なステージにも触れてきてるし。

まあでも相方の性格考えても
そうはならないか(^^♪
雑録3
中前適時打のライブ活動もしばらく休止なので
ちょくちょくここも更新していこう。
なにか適当に書いてるうちに詞やマンガのネタを
考え付くのに役立つかもしれないし。
師走になろうかという時期だし自分なりに重大ニュース
みたいなのを考えてみるとやっぱり
「断酒が一年続いてさらに継続中」だな。
なので世事に関しても
吉澤ひとみ逮捕
勝谷誠彦死去
等の酒がらみの件は気になるというか
身につまされる。
断酒は「宣言」してないけど
まあ呑まないにこしたことはないんだろうなあ
ってな気分がより一層強くなる今日この頃。
あと夏に「エアコン設定温度28度に根拠なし」
ってゆうヘッドラインみて
だよなー
ってものすごく納得したのだが
そのニュースそのものは今年から急に
言われ始めたわけでもないらしく
数年前からちょくちょくあがってたようだ。
なので今年の重大ニュースってわけにもいかないのかも
だが、自分自身は今年知ったので
個人的には「重大」ということにしておく。
というか根拠なくいつのまにやらしれっと決まってる
みたいなこといっぱいあるよなあ
ってね。
NHKの受信料値下げ!とか言って
100円にも満たない値下げ額ってなんじゃそりゃ!?
って話なんだが
そもそももともとの値下げ前の価格の「根拠」って
なんなのよ?と。
あれだけの額だったら
過去の全番組すべてネット上にアーカイブ作って
いつでも見られるようにしとけよって話ですよ。
余計なもの売り出さなくていいから。
まあ中前に紅白のオファーあったら出る所存なので
これ以上NHKにああだこうだと言うのはやめとくけど
とにもかくにも納得はしてないぞと意思表示しておく。
五輪と万博は知人関係反対の立場の人が圧倒的に多いんだけど
自分はイデオロギー関係なく「雇用促進」重視派なので
「反対はしない」くらいの立場かなあ。
あれっすね、高齢者から若年層への所得移転が
社会全体でうまく行ってないっていうのなら
五輪も万博も関連の仕事は40代以下の層に全て回す
ってことにすればいいんじゃないっすか。
でその人たちが「やりたくないっす」
ってことなら中止でもいいと思います。
個人的には五輪に関しては
「五輪ソング公募」があれば賛成なんだけど
いまのところなさそうだなあ。
なんでこうゆうことを言うのかってえと
前回の東京五輪の開会式の日に生まれたので
そこをアピールすれば
「同程度の質」の作品であれば
おれが受かるんじゃないか
という腹積もり。
それがないならどうでもいいや。
椎名林檎なら椎名林檎でもいいです。
「歌舞伎町の女王」好きだし。
と、とりとめもなく終了。
雑録2
ってことで「テーマのない雑文」は
今日作ったカテゴリー「おれの雑録」にまとめて
ただナンバーをふっていくだけにする。
もうね、「選択」して「構成」してとかは面倒なんだけど
自分があれこれ考えたことは
逡巡やためらいもふくめて書いておこう
ってゆうね。ツイッターの140文字じゃ足りないやつは。
ってそうこうしてる間に
ほっともっと神戸のオリックスー楽天20回戦
「楽天の海老蔵」こと村林のエラーでリードが無くなってるやんけ。
まあいまはもう順位関係ナシの育成モードだから
そんなにムキになって怒る気持も湧かないけど
「おいおいおいおい」ってなりますわな。
普通にやってりゃ併殺だったのに
ってところのエラーはやっぱりそりゃ凹みますよ。
で世の中的には様々な「旧弊」が問い直される流れ。
わかりやすいところでは各種団体の高齢幹部の諸問題。
見てるとやっぱり「やれるところだけやってる」感はありますね。
って言ってる間に安達のタイムりーで勝ち越されてるわけで
村林はこのあとなんとかせい!って話だけど
わたしは村林の上司ではなく一ユーザーなので
これはべつにパワハラにはあたらない。
というかまあ昨今守備でミスした選手に
直接口頭で「なんとかせい」なんて言わないだろうけどね。
がしかし当方ほんとただの素人の一観客なので
実際どうかはしらない。
実はけっこうあからさまにハッパかけてる現場もあるのかもしれない。
しれないけどまあどっちでもいいや。
世の流れ的にはもうそんな「無駄」なことはせずに
黙って打席に送り出すのが普通だろうなあと推察する。
でまあ「旧弊」の話に戻ると、
真面目な話「夏休みの宿題」は廃止でいいと思う。
どうしてもやらせたいんなら
「ジャンル不問、形式自由の自由研究1つ」
以上終了
くらいで。
で、そうこうしてる間に村林→代打今江
なんだけど
ま、そうだろうなあおれでもそうするかも
ってところか。
宿題の話なんだけど
単に自分が宿題嫌いだったので
自分の嫌なことは人にも押し付けない
ってゆうそれだけのこと。
実際嫌い過ぎていくつか未提出で押し通した教科もあった。
ちょっと「昔ワルだった自慢」っぽくなってるけど
ただの「事実の列挙」であって自慢のつもりはない
とだけ言っておこう
っていってるうちに
代打今江策成功して守護神増井から島内タイムリーで追いついた。
ここで勝ち越さないのが楽天の醍醐味!!
と予言だけしておき、話を戻すと
現に宿題抱えてる人達に
「やらなくていいよそんなもん」
とか煽るつもりはない。
もうほんと「お気の毒」としか言いようがない。
救ってあげたいんだけど、って書いてる隙に
増井暴投で「勝ち越し」とか予想外!!
海老蔵、これで救われたとか思うなよ!
と「一ユーザー」として釘はさしておいて、
メルカリの「宿題代行出品禁止」の件だけど
まあそれはそれでいいんじゃないの
くらいかなあ。
あ、「禁止」することはいいことなんじゃないの
って意味で。
でも自分が宿題抱えてる身だったらどうなのかなあ
「うおおおおれのニーズにメチャクチャ合ってる!」
みたいな出品を見かけた購入するかどうか。
なんか逆に醒めて「金がもったいないから自分でやろう」
ってなったりしてね。
そしたらすごい教育効果だよね。
ってそんなこたあない、かな。
で、夏休みの自由研究1つだけやるとするならだけど
ついこの前
ヤクルトの山田哲人の研究を提出した児童のネタを
スマートニュースだったかツイッターだったかで見たんだけど
自分確か小6の時に
「夏季オリンピックの新聞スクラップ集」を出した記憶ある。
山田研究の少年にあった「山田愛」のような
「オリンピック愛」はべつになかったと思う。
まさに「最低限」の「仕事」だったような。
ま、そんなんでもよし
ってことにしてくれよ
1つ出しただけでもなかなかエライってことにしてくれよ
ってことで
なんと9-8で楽天勝った。
村林の痛恨のエラーの時は
完全に負けたと思ったけど。
なにはともあれ連敗8で止まったッす。
雑録1
最近、長い文章を「中前適時打情報」
以外のカテゴリーで
ほとんど全然書いてないのは
それだけ音楽活動に気合いがはいっているからであって
加齢で無気力になっているからではないのだが
体力が落ちてきているのも動かしがたい事実なので
リハビリがてらに音楽活動以外のことを久しぶりに
書いてみようと思ったものの
特に「これ」と定めたいテーマもないので
カテゴリーは「小ネタとかおもいつとか」にしておいて
適当にダラダラ書く。

(※↑ってのを新設カテゴリー「おれの雑録」に
2018年9月5日に移行し、タイトルも雑録1に変更。
以後テーマのない雑文は全部このカテゴリーにして
単に番号だけふることにした)


Me Tooってことでいえば
ネット上では繰り返し書いてるし
何度繰り返してもべつにいいやと思うので
また書くけど
小6の時に「ワゴンに乗った変態性欲者に
さらわれそうになった」
ことがあって
未遂で助かったからよかったものの
犯人はおそらくその後何食わぬ顔して
市民生活を送っていたのだろうと思うと
若干腹が立つ。
がしかしおれが「小6」の頃に
年の頃、大雑把に25~35くらいに見えた
ヒッピー風の男だったので
もう死んでるかもしれない。
というかまあ死んでいようがいまいが
どうでもいいのかもしれない。
自分が強調したいのはただ一点、
年齢性別に関わらずとにもかくにも
「車が近寄ってきたら何も考えず逃げろ」だ。
世の中に正解はない
と人はよく言うけれど
この「車が近寄ってきたら何も考えずに逃げろ」は
誰にでも通用する真理と言うか正解中の正解だ。
他に選択肢はない。
で、なんでいままたこれを書いてるのかってえと
さっきスカパーでモーリーロバートソンが
ペンシルベニア州のカトリック教会で
児童への性的虐待が常習になってた件をとりあげてるのを
たまたま見たからなのだった。
ということなのでちょっと書き改めると
「車」に限らず、
「自分よりデカいものが近寄ってきたら何も考えず逃げろ」
ってのが正解ってことだな。
デカイ神父とかヤヴァいっす
って話ではないか。
児童軒並みやられてしまうってことなら。
人生、逃げながら勝て!
ってことだ。
そこは「立ち向かう」場面ではなかろう。
で、予習のいる映画なのか
予習とかしてはダメな映画なのか
について考えさせられるのは
自分はまだ見てないし
見るかどうかもわからない「カメラを止めるな」パクリ問題に
触れたからなのだが
実感としてやっぱり
「予習」した方がいい映画もあるし
「予習したら絶対にダメ」な映画もある。
予習ダメ絶対!の典型は
自分が覚えてる範囲だと
「サイコ」とか「クライングゲーム」あたりか。
予習したほうがいい、
というか予習しておけばよかった、
というか
予習しないとわからない
と個人的に思うのは
サスペンスタッチのハードボイルドで
なんとなくフィルムノワール風!
みたいなやつかなあ。
たとえば「ハメット」とかは
ハメットってそもそもどうゆう人物なのか
くらいは知っておいたうえで見た方が面白いのは間違いない。
あと文芸大作とかシェイクスピアものとかも
「ネタ」はあらかじめ仕込んで見た方がすんなり頭に入るし、
「比較」して味わうという手もある。
シェイクスピアに限らず戯曲の翻案ものとかね。
それはそれとして「パクリ」については
一概にはなんとも言えないんだけど
今回のはちょっと映画の監督側は分が悪いような気がする。
が、映画見てないのでなんとも言えない。
それはともかく「300万」で低予算!
ってところですよ。
音楽活動で300万使っていい
って言われて
ほんとに300万渡されたら
そのまま全部音楽活動費に使う気になるか?
って話なんだが
自分ならけっこう余らせて他の娯楽に使うかもしれない。
あるいは「娯楽」ですらなく
将来発生するであろう「修繕費用」の為にとっておくかもしれない。
基本「大会場」とか「大がかりな演出」とかに興味ないし。
あとビジュアルも。
これは個人的な趣味嗜好なので
そうゆうことが好きな人を非難するつもりは毛頭ない。
ま、とにかく「映画制作って大変なんだなあ」ってことだ。
で、ネットの言論空間についてなのだが
自分は「業務」で2000年頃から見たり書いたりもしてたので
思うことも紆余曲折二転三転しているわけだが
今現在、「ネットの言論空間」ってものを
擬人化してとらえてみると
「いちいちなんでもかんでも報告してくる部下」
のように思える。
ま、あれだ
「いちいち報告しなくてもよろしい」
と言いたいわけだ。

例えば準優勝の金足農の応援トランペットが
決勝戦になって急に上手くなった件とか。
それ、いちいち字にして報告してもらわなくてもけっこうです、と。
聴きゃわかる話じゃん!
みたいな。
世にアピールしたければ
当事者がツイートなりなんなりすればいいわけだし。
自分ならそうする。
決勝でトランペット吹いてたのは他ならぬ私です
つって自撮りしてツイートすると思う。
いやまてしないかな。
わからんな。
主役はあくまで選手ですから
つって
名乗る程の者ではございません
つって
取材陣がカメラとか向けようとしたら
「カメラを止めろ!」
って怒るかもしれない。
いやはやどっちだろうか。
いずれにせよ自分は元々はトロンボーン吹きだし
トロンボーンショーティーみたいに
トランペットでもハイトーン出せる!
ってゆうような超人技は持ってないので
考えるだけ無駄だったか。
というかそもそも「応援団」には完全に不向きな者だし。