全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
年度末に向け各種手続きとか
あれこれ立て込んでまいりました。
個人的に。

重要度でいえば
確定申告がいちばんってことになりますが、
今年は事前準備は去年の経験もあるので
そんなに手間はかからない
とは思うのですが、
納税額が去年と比較にならないほど
増えるのは確実なので
若干気が重いですね(笑)
売上げが伸びまくって
「実質収入が増えたから」
という景気のいい話じゃなくて
税理士さんとあれこれやりとりして
「会社の型がより整ったから」
納税額が増える
という流れなので。
ま、しかし
義務は義務なので
ちゃんと申告しますよ。

あとは自宅賃貸マンションとか
駐車場とか
諸々「更新」が重なったりしてますね。

で、4月から消費税UP
って
いまさらながら
何でだ!!??
と思います(笑)

柄にもなく変に緊張したので
きょうは開き直って一日中寝てました。
というのも昨日は2年間の農業研修の「修了」
が懸かった「課題発表」があり、
そのあと「懇親会」もあり
ってことで、
特に懇親会は
それまでその手の催しには一切出ないで
「速攻帰宅部」を貫いてたので
出るかどうか迷いましたが
事前連絡はがきには「参加」に印つけて
郵送してたのです。
どんな「業界」で働くにせよ
やはり「一匹狼」で
ってゆう時代じゃないですからね。

結局「課題発表」も「懇親会」も
這ってでも出たって感じでしたよ(笑)
課題発表よりは
懇親会のほうが始まる前の
「鬼門」感が凄くて
30分ぐらい間が空いてたんですけど
トイレに行ったりきたりしてました。
会費払うだけ払って
すぐに帰ろうかな
とすら思ったんですけど、
いざ始まって呑みはじめたら
全然OKでしたよ(笑)
皆様気さくな方ばかりで。

さてその「変な緊張」ってのは
なんに起因してたかと言えば
やはり
「自分のところだけ笑っちゃうくらい農地が狭い」
とか
「作物は10年来ブルーベリーのみで経験がない」
とか
「後継者として研修受講してるけど実は自分の生まれ育った土地ではない」
とか
諸々の積み重ねがありまして、
いわゆる「自分に自信」が無さすぎる状態であった
というわけです。
前職離職後、震災の影響で各種手続きが滞る
というあのときまで
「自分の心臓には毛が生えてる」という図々しさ
は持っておりましたが、
そこで一度神経を病んで以降は
どうにも「おもいきり」を欠くことが多くなりました
みたいな感じでしょうか。

がしかし、
農業ってのは100人いたら100通りの
アプローチの有り得る
「正解」のない世界なので
それぞれの境遇は境遇で
素直にいろいろ話していれば
特に波風たつこともないんだなあ
と思いました。
農業のやり方について「意見の一致」にはいたらず、
「へえあなたのところはそうなんだあ」
ってところで会話は終わり
みたいな流れの方が多いわけです。
それはそれで違和感はなかったですし、
逆に気軽になれましたよ(笑)

さすがに二次会までは
気力体力続きませんでした。

でもなんとか
「同期研修生」のネットワークに
辛うじて加われたので
有意義な一夜でした。
「意見の表明」なのか「批判」なのか「圧力」なのか「誘導」なのか
よくよく見極めてかんがえるべきだよなあ、
とつくづく感じる昨今
ほんと「二者択一」でいますぐ白黒つけたい!!
的な諸問題がいろいろ持ち上がってますね。
悲観的に考えれば
世の中ギスギスし過ぎ!
となりますし、
前向きにとらえると
微温的で馴れ合いばかりが目立った
日本の言論界も国際水準に近づいた
とゆうふうにも考えられるわけです。
自分はどっちかってえと
後者に近い立ち位置かなあ。

まず
赤ちゃんポストのドラマの件ですけど
もうドラマ自体を全く見る気がないんで
なんとも言えないわけです。
震災直後にちょっと色々ございまして
なんとなくその「やたらと感情的になっている人物」
の描写とか神経に触るんで
「自分の身を守る」ためにあえて見ないようにしてます。
でこのドラマは各種記事を読むと
修羅場や愁嘆場
のオンパレードであることは
どうやら間違いない、と。
となれば
今後も未来永劫見る気は起きないので
まあノーコメントかなあ。


ということで、
たった今私が行った「言論行為」は
私は見たくないものは見ない
というただの「意見表明」なわけです。
他人にそれを強要しようというニュアンスも
一切ないですよね。
そこはちょっと念を押しておきます。
ということで
擁護派
批判派
放送中止強硬派
のどの陣営の批判も擁護もいたしません。
いたしませんが
言論の自由絶対死守派
でもあるので
「放送中止」はちょっとどうなの?
と少し思ってます。

見てないし見る気ないので
どうにもこうにもってところです。

ということで
「思想表現の自由」
には
「関わらない自由」
もある
ということは強調しておきましょう。

君は大人として社会人として
我が社の社員として
世の最新トレンドを無視して
仕事をするつもりか
けしからん!!
という「御意見」もあるでしょう。
その御意見は最大限「尊重」いたしますが
やはり「個人の領域」ってものに
譲れないものはある
と。
それだけのことですね。

で次は
ファミマのフォアグラ弁当
の件です。
苦情22件で販売中止、と。

理屈はイルカ猟と同じで
「殺し方が残虐」ってゆうやつ。

論外ですね。

ってことで今の私の
言論行為は明白な「批判」です。

そんなこたあ知らねえよ
フォアグラ美味いから喰うよ!!
ってのも
普通に「文明人」の態度だと思いますよ。

もっとも私フォアグラ食べたことございませんが。

さて次は「圧力」ってことですけど、
過去私が行った「圧力」行動は
2004年の「球界再編問題」で
反対運動に出向いて署名した
ってゆうあの1件のみです。
まあネットでも散々色々書きましたが
それはあくまで「批判」や「意見表明」の範疇です。
それに対し
「有志が行う請願活動において署名する」
というのは
明白な「圧力」行動です。
でそのことを悔いることは
未来永劫ないでしょう。

ということで、
言いたいことは
ただひとつ
「意見表明」
であれ
「批判」
であれ
「圧力」
であれ
「誘導」
であれ
誰しも気軽に出来る世の中になればいいのに
と。

「意見表明」

「批判」

「圧力」

「誘導」

一部の特権階級のみが出来る
という世の中ではないはずです。

さて
最後に「誘導」ですけど、
次回の辻タダオ江古田マーキーライブは
3月5日(水)でございます。
他のどこでも絶対に見られない類のステージにしますので
是非ともご家族お友達お誘いあわせのうえ
お越しくださいませ。

ってことで
「誘導」してみました(笑)










自国のあらゆる産業何一つとして無くしてよいものなどない。
というのが私が政治に求めるものである。
右も左も宗派も度外視して
「業界撲滅」的な言動に関しては
全力で「警戒」する者である。

それを前提にして
たとえば原発に関しては
震災以前の「原子力ムラ」の悪逆非道ぶりってのは
そりゃもう確かなことなのであって、
脱原発あるいは減原発の路線は大いにけっこうだと
私も思うんだけど
「原子力ムラ解体の為に即時原発ゼロ」
というのは論理的に飛躍し過ぎていてとてもついていけないし、
時間も金も人もつぎ込みまくった分野を
「即時ゼロ」って
あまりにもコスト意識が無さすぎる。

ほんとうに脱原発するってなれば
「廃炉」の工程もこなさなければいけないわけで
それを踏まえれば「即時ゼロ」という
「業界撲滅運動」に等しいスローガンは
百害あって一利なしだと思う。
「廃炉」してくれる人材をどうやって維持するの
集めるの?ってゆう視点ゼロだ。

ということなので、
私が納得する「落としどころ」は
脱原発減原発路線は進めつつ
「ゼロ」にはせず
「原子力ムラ」的
利権ゴロは排除し
少数精鋭の「原子力業界」は残す
って感じでしょうか。
ま、つまり日本国中で
原子力技術に全く無知
にならないようにしてくれよ、と。
でないとセキュリティー上ヤバいでしょう。
どう考えても。

次に昨今思い浮かぶ
「業界撲滅」の動きは
イルカ猟問題ですか。
こんなのは論外なので
淡々と国家として反論し続けるだけでしょう。
こんなことで
「海外の論調だから気を使わなきゃ」
とか毛ほども思いません。
思想だとかイデオロギーだとか以前に
「飯の種」が大事なんですよ。
人間というものは。
まあ相手も騒ぐことを「飯の種」
にしてるんでしょうから
合法の範囲で淡々と永遠に戦い続けることになるんでしょうけど
私は死ぬまで現地の漁師さんたちを応援します。
相手が法の範囲を超えるのを淡々と待つしかないでしょうね。
様子を見てる感じだと。

次に注目すべき
「撲滅」運動は
JA解体を叫ぶ橋下大阪市長でしょうか。

とはいえ
私は「橋下=ヒトラー」みたいな
レッテル貼りをするつもりは全くございません。

彼は何かどこかの誰かの為に
日本国民の「既得権益」の牙城を
論理的冷静に崩そうとしているのが
いまや明明白白になりましたから
それこそ論理的に
「私、既得権益者ですけど。それが何か?」
と問うてやればいいのです。
ヒトラーだ!とかレッテル貼ってこきおろすことは
一切せずに。
「あなたは既得権を排除したいんでしょうけど
私は守りたいのです」
以上終了
じゃないでしょうか。
ただそれだけのことです。

そしてそれを踏まえ、
「堀江&家入」陣営ですけど
「世の中を変えたい」願望は
伝わるんですが
じゃそれがなに?
って私は思うのです。

さかのぼれば
小泉長期戦権の頃から
「改革なくして成長なし」的な
それに類するスローガンが常に連呼されてきました。
我が国においては。

「改革!」と一言叫べば
そりゃまあ威勢はいいし
なんだか景気好さそうに感じてしまいますけど、
じゃ具体的に何を改革するんですか?
ってところが
ぶっ飛んじゃうわけですよ。
我が国の劣化した報道機関が絡んだりなんかすると。

改革が必要なのは
品質管理技術とか製造技術とか
あるいは芸術分野であるとか
そのへんのみじゃないでしょうか。

「行政」「立法」「司法」の
いわゆる三権に関わる分野って
そんなにしょっちゅう改革する必要あるの?
と。
単純に疑問に思いますよ。

基本的に
「非生産」部門ですからね。

非生産部門だから悪だ!
とか
そうゆうことじゃなくて
なんとなく
非生産部門に人的資源が偏り過ぎなんじゃないか、
と。
そういった非生産部門が肥大化しちゃって
頼んでもいない「論客」があらわれちゃって
「エコロジー視点(笑)」とかにもとづいて
日本国伝統の産業を撲滅する方向の言動しまくり
とか
そりゃもうギャグですよ。

そんなもんは
速攻で鼻へし折る
くらいの気概で注視し続けようと
個人的には思っています。

ちょっと長くなってきたんで
もうやめますけど
「パチンコ撲滅」にも反対する件は
また気が向いたら投稿します。




大きなスマートTVよりノートPCの方が
音楽聞くとき、
音がいいのは、
ノートPCのすぐそばに
ipodドッグのステレオが置いてあって、
そこのアンプ部分にヒョイとケーブル一本かませば、
スピーカーからそれなりの音になって聞こえてくる
という塩梅なわけです。
我が家の場合は。

TVの大画面でステレオ経由音質にしたければ
「長いケーブル」を買ってくるしかないのです。
部屋の間取りや機器の配置の関係で。

がしかし
それをすると
床の上を不自然にケーブルが通ることになり
歩きづらいんですけど
ってなことに。

トレーに味噌汁お椀3つを運搬中
の時とか
かなりのスリルですよ。
おそらく。

というか
ヘッドフォンで聞けばいいだけですね。

音楽聞くのは大概夜だし(笑)


本来ならこのカテゴリーが最も活発になる予定だった
のですが、
意外と放置されてるのは
車運転するようになって
あまり「散歩」しなくなった
と。

で案の定またその
太ってきつつあるぞ、
と。

それはさておき、
テレ東の「路線バスの旅」が人気出てきて
DVD販売決定ってことで
そこは素直におめでとうございます。

でふと思い出したのは
「観光地」湯河原に住んでた頃のことですね。

その時代は「免許ナシ車ナシ」だったわけです。
地元の人とか
私と同じように赴任してきた人とか
誰しも「住むなら車必須」とおっしゃってましたけど
意外と「徒歩&バス」のみでもなんとかなりましたよ。
買い物もレジャーも。

というか逆に
「散歩好き」
「バス好き」
になっちゃたりなんかしてね。

湯河原→真鶴間とか
車でスーッといくよりは
徒歩で制覇
したほうが圧倒的に面白いですよ。
起伏というか高低差はあるし、
海、山、畑、レトロな街並み
わけのわからない細い路地
とかなんでもありですからね。

で「徒歩&バス」の組み合わせですと
先にバスで高いところまで行って
降りてくるのは徒歩
とか
これがまたなんとも爽快でした。
十国峠のてっぺんまでバスで行き、
行政区分でいうと熱海市になる
南湯河原あたりまで一気に歩いて下るとかね。
さすがに幼児だった娘は涙目になってましたが
そのおかげでいまは文化部所属なのに
長距離走で運動部員に勝ったりしてるようです(笑)

で話は「路線バスの旅」に戻りますが
あの番組のパターンとして
「県境で苦労する」ってのがありますよね。

ふと卑近なところで置き換えてみますと
多摩市と町田市の「市境」も
けっこうエグイというか使えないんですよね。
というか会社が違うと
「わざとか?」と勘繰りたくなるくらいに
「接続」に気を使ってないのです。
具体的には「京王」vs「神奈中」なんですけど、
車の免許を取得する前に
多摩永山から町田図師忠生方面に
バスを使ってスーッといけないものか
と探ってみたわけです。
結果京王と神奈中の異なるバス停が徒歩数分内にあって
接続さえよければスーッといける
のはわかったんですけど
そうゆう地帯の近接バス停って
100%「丁度いい接続」が無いんですよ。
まず間違いなく1時間以上間が空いてて
そうなるともう「歩いたほうが早い」わけです。

というか「近接バス停」というカテゴリーじゃなくて
ターミナル的バス停でも
全く気を使ってません。

甲子園常連校日大三高の正門前のバス停が
丘の上にあって、
多摩センターから「京王」バスが通じてるわけです。
で、町田行きとか淵野辺行きの「神奈中」バスも出てるのですが
これまた100%京王バスの到着に丁度良く接続してないんですよ。

ま、ただ私のその「需要」が
あまりにもニッチすぎることは
十分に自覚しておりますので
「京王バスと神奈中バスは接続に気をつかえー」
と声を大にして叫ぶつもりもございません。(笑)

というか
太ってきたから
歩かなきゃ
って話だったんですよね・・・・・・・・・
スパイクジョーンズとビルエバンスとマリアシュナイダー
は、
ほぼ同姓同名の二人の著名人がいますね。
スパイクジョーンズは
ジョーンズの綴りが違ってるので
「ほぼ」同姓同名と言わざるを得ないわけです。

でここからは
「冗談音楽」のスパイクジョーンズの話なんすけど、
ネット時代以前は
音源だけで知ってたわけですが
いまはyoutubeという便利なものがあるので
そこそこ映像も見られるのでして
これがまた実に面白いですね。

フランキー堺やクレイジーキャッツやドリフターズの
「祖先」
みたいな凄いミュージシャンというか楽団なんですけど
面白いし
また当然のように「上手い」わけですよ。

これ楽しいから真似しよう

気軽には思えないレベルの上手さなんですよね。

で、カルメンとかウィリアムテル序曲とか
のクラシックの有名曲を茶化してるのとか
アズタイムゴーズバイとかアイムゲッティングセンチメンタルオーバーユー
とかの「いかにも」なスタンダードを茶化してるのとか
そのあたりが検索上位に来てまして、
そのへんは安心して笑いながら聞けるんですけど、
何しろ1940年代からキャリアのある人たちなんで
「戦時」の映像もありまして
いわゆる「総統閣下」を笑い倒す歌
とかもあるんですよ。
で、最初それを見ながら私も笑ってたんですけど、
ふと
ああ戦争に負けたのって
「圧倒的な物量の差」だけじゃなかったんだなあ・・・
と若干しみじみしてしまいました(笑)

なにしろ我が国は
三平師匠まで徴兵されて、
(ソースは川柳川柳)
一億総火の玉
とか言ってたわけですが、
一方の米国はスパイクジョーンズが
「非常時にけしからん」などと指弾されることもなく
むしろ冗談に拍車をかけて「敵国」を揶揄してた
ってことですからね。

和風総本家を筆頭に
「日本の良さ」を煽るコンテンツが
各所で溢れていて、
それはそれで見ていて
楽しくなくはないんですけど
ただやはり
「非常時にシャレが通じにくくなる」
ってのは
日本国の悪癖だろうと私は個人的に思います。

ということで
震災直後の
「ポポポポーン」
とかNHKで四六時中流れる
「はなははなははなはうんたらかんたら」
とか
に対する違和感の正体がわかったのです。

日本にはスパイクジョーンズ成分が足りない
のであります。

笑いは攻撃にも防御にも使えるってことです。
笑いを抑圧する体制の国は
戦争で勝てるわけがない
ということです。
加齢とともに

弔事に接する機会は増えてくる。
これは誰しも逃れられないことだ。

人それぞれ環境がちがうので
断定口調では何も語れないのだが
家族、隣近所、学校、職場、趣味サークル関係
というコミュニティーのくくりが
様々あるなかで
自分の場合は「職場」が
期間も人間関係の濃さも
他を圧倒している人生なんだなあ
いまのところ・・・・
とつくづく感じる一両日でした。

それこそ「職場」は
音楽活動とは関係ないというか
そもそも相容れない部分の方が大きかったのは
間違いないんですけど、
「辻タダオ」のオリジナル曲の大半は
「働く日々」の合間に作ったものなので
その意味で「なくてはならない」ものだった

それだけは「断言」しておきます。

もちろん「曲を作る」為に
仕事をしていたのではありません。
念のため。

後から考えると
そうだった
という「結果論」です。

おもいきった行動
さて、昨日は事前に約束していた
ありのぶやすし氏のライブを見に行ったんですけど、
大台50歳を目前にして
10代20代30代40代の作品を4か月に分けて
披露しまくる、と。
で昨日の10代編は「ハモリ」志向と
あとは既存のミュージシャンからのいわゆる「パクリ」志向
ってのを語りかつ
そのまま唄う
ってゆう型式だったんですけど
詳細に関しては御本人が動画をアップするでしょうから
私がここで語るのは遠慮しておきますが
よくよく考えると
メジャーレーベルに所属しているミュージシャン
というか簡単にいえば「プロ」のミュージシャンが
自作の曲を
「この曲はooさんのooという曲のコード進行を
そのまま使って作りました」
と宣言して演奏する場面とか
ほとんど見たことないんで
ある意味画期的なライブでした(笑)
ま、ただ次月以降は
それとはまた違う20代30代40代
とかでコンセプトされてるようなので
ある意味用意周到で戦略的だなあ
とも思うわけです。
伊達に10年以上ライブハウスの店長をやってるわけじゃないぞ
的な気合も感じましたよ。

で打ち上げやMCとかで聞いた話をまとめると
ありのぶさんはとにかく「多作」なわけですよ。
その秘訣というのを本人がずばり一言で語ったりはしてませんでしたが
私が思ったのはやはり単純な話、事前に
「oo風な曲を作ろう」とあらかじめ決めておく
ってことなんだろうなあ
と。

というかまあそれが普通なんだろうな
と。

私の場合は
「鼻唄修正派」というか
つまり「詞曲同時思いつき重視派」なので
「鼻唄」が浮かばない限り曲が出来ない
という感じなんですよ。

ただまあ100%それってわけじゃなくて、
事前に「oo風」で作ろうってゆうのもありまして、
ここでも何度か書きましたが
「馬鹿のランデブー」はアルグリーンの
「ラブ&ハピネス」風に作ろうとして作ったのは確かです。
あと「ここにわしらの血がにじむ」は
それこそ10代の時に作ったんですけど
作った当初はスリーフィンガーの抒情派フォークどまんなか
の「日影橋」ってゆうタイトルの曲だったんですけど
あとになってタイトルも歌詞も真逆の方向に変えたわけです。
作った当初はモーリスのフォークギターで5カポでAマイナーで
それこそNSP風な感じの曲でした(笑)
あとは「品川心中」のあらすじをそのまま歌にしました
ってゆう「心中ブルース」と
成瀬映画「浮雲」を見たあとに作った
「浮雲のように」あたりが
「事前構想」ありきで作った感じでしょうか。

それ以外のほとんどは
「詞曲同時思いつき」方式なわけです。
ワンコーラス目をふんふんと思い付いて
速攻で歌詞書きとめて
ツーコーラス目以降の歌詞は
「頭で考える」という流れですかね。

もちろんそうやって作っていれば
なんでもかんでも「オリジナリティー」溢れる曲になる
ということではなく
自然と何かに似ることが大半でして
それはそれで何も気に病むことはない
ってゆう感じですかね。

燃えろスタジアムの
Em→C7
を繰り返すところとか
ビリージョエルのストレンジャーを思わせる
と言われたことありますが
確かにその通りなんですけど
事前にストレンジャー風を作ろう
という意識はなかったりとか
ね。

ま、つまりそのあたりは
本人が言わない限り
誰にもわからない
ってゆうことです(笑)

でそれを言う言わないは
本人の「自由」と。

で、大概「言わない」し
言わない方が
いろいろと「得」なんでしょうけど
ありのぶさんのステージを見て
言ってみるのも「おもしろい」と
単純に思いました(笑)
さて歌詞をどんどん書いてみようと思います。
というのも
ツイッターで
「タイトル」だけ決めたとか言って
50ばかしつぶやいておいて
結局、曲になったのは「つれづれマシーン」だけですからね。

で、よく考えて見ればここのブログとかで
「下書き」の状態で
保存しておいて
気に入らなければどんどん書き直せばいいだけのことなんすよね。
そうゆう機能もあるわけですし。

で公表するときは
※「この投稿は辻ナンバーの歌詞カテゴリーです」※
と但し書きいれます。
でないと
あっちの世界に逝っちゃったとか
余計なご心配をおかけしてしまいますからね。
とかそのあたりが自分のどうしようもない小市民的性格
というか
オーラの無さ
というか
そんなことだから
ステージの上で
揉み手
したり
頭掻いたりしちゃうんだろうな

若干反省はしておりますが
どっちにしろもうアラフィフなんで
そんなにあせって急に直そうとも思いません(笑)
結果、表現されたものが
とおりいっぺんのものでなければ
とだけ
強く意識するようにいたします。

そんなわけで1個前の投稿は
相当の字数費やしたのを、
途中で考え直して縮めたのでした。

居酒屋甲子園ってのは
クローズアップ現代でやってた
「ポエムの氾濫」の回で文字通りクローズアップされてた
居酒屋のスタッフの「絶叫大会」のことでして、
簡単な話
「美辞麗句ばかり」と。
なんかちょっと引くんですけど、と。

中学校の合唱コンクールってのは
娘の中学校のクラス対抗合唱コンクール
のことでして
これはDVDで見たんですけど
ここも選曲的に
「美辞麗句の曲ばかり」と。

で、
性格的に
「美辞麗句」は嫌いではないけど
「美辞麗句ばかり」とかだとちょっと息が詰まるんですけど
みたいなところがありますんで
また大人げなく苦言を呈してみたくなった
という次第だったのです。

そして話がここから若干ズレます。

主に「居酒屋甲子園」の方の件に近接した話題になります。

私も長らく接客業に携わってましたんで
実のところ「絶叫朝礼」系の居酒屋さんの
その「絶叫朝礼」そのものをですね
見学したことあるんですよね。
でちょっと細かいところはまたいろいろあるんで
省きますけど、
結果的に自分の携わっている店舗には
まったくもって取り入れませんでした。
でそのことに関して自分が評価されたのかされなかったのか
と言えば
後者だったのかなあ
といまにして薄々思ったりもするんですけど、
ただ、一緒に見学してた「店舗マネジャー」のお仲間の皆さん
ほとんど誰も「完コピ」で取り入れた人いなかったような記憶が・・・
なぜそうなったかってのはだいぶ昔のことなんで
なにも断定は出来ないのですが
多分こうなんじゃないかな
ってのを推測してみますと
まずなにしろ「パチンコ業界」のホールのマネジャーですから
「おれは伝道師じゃなくてギャンブラーなんですけど」的な
唯我独尊の気風があったのではないか、と(笑)
すいません、これはあくまで「当時」の話なんで
いまはどうだかはさっぱりわかりません。
というかいまはそんなとんでもない「不良性」を持った人材は
いないと思います。まちがいなくいないでしょう。
ということなんで、
なんで貴重な時間を使って
おれの思いをアツく語らなきゃいけないの?
あるいは部下の個人的事情とか公の場で聞かなきゃいけないの?
と疑問に思う人材が多かったのではないか、と。
というふうな
接客業なんだけど実は「人間嫌い」な人が
渦巻いてた業界なんですよ。
くりかえしますけど「現在」のことはわかりません(笑)
まああとは
思いのたけを絶叫してる暇があるんなら
その間に一個でも二個でもなんらかの作業を片付けてくれよ、と。
「ギャンブラー」を自覚している者は
徹底的な主知主義ですからね(笑)


さてそのように「人間嫌い」

「接客業」
成り立つの?
と業界外の方は
疑問に感じると思います。

でも逆にある程度
「人間嫌い」な側面もないと
生きていけない業界でもあるわけです。

単純な話
他の業界にはない
「お客様と仲良くしてはいけない」
という絶対ルールがあるのです。
当然プライベートの時間で
お客様と飲食を共にする
なんてのはご法度なのです。
ここで隙とか甘さを見せると
「出る台教えて金払うから」の罠にハマるってことです。

ということで
自分はこのクールなルールが
実は肌に合ってたんだろうとつくづく思います。

なので
居酒屋甲子園にしても
娘の合唱コンクールの選曲にしても
いくらなんでも「人間好き」の度合が激し過ぎる!
とか思っちゃうんですよ。

ここまでわりとあけすけに素直に語ってますが
そうすると
「人間嫌いの一面がないと生きていけないなんて
寂しい業界ね」的な感想をお持ちになる方もいらっしゃるでしょう。
経験者は語る

申し上げますと
全然そんなことはございません。
それはそれ、
これはこれ、
良く稼げば給料もあがって万々歳
という楽しい業界でしたよ。
「おお?悪い奴来た?よっしゃ
逃がさんぞー」とかなるとそれはそれで
「お祭り」でしたし(笑)

いまどうなってるのかは
わかりませんけど。


中学校の合唱コンクールと居酒屋甲子園をかいま見て・・・
こんなタイトルの歌を作ろうかな、と思って
ツイートしてみた。

いまタイトルだけ決めた唄50「君にはおれが悪魔に見えるんだろうな」

音楽は万能薬ではないしそもそも万能薬などない。
というのもやはり、
たとえばあの震災の当日からしばらくは
音楽どころじゃない
的な日々がやはり続いたし
実際「唄いたい」「弾きたい」
「曲作りたい」なんてゆうような気分は
雲散霧消していた。

がしかし
緊急時に不要不急だから無くなってもいい
とかそうゆうことでもない。

イーグルスの選手の何名かが
震災直後
正直に
「野球やってる場合なんだろうか」と心情を吐露してたけど、
「娯楽」ってのはそうゆうものなのである。
やらないよりはやったほうが楽しい
と思う人が
楽しくやればいい話なわけだ。
いまそれをやっても楽しくない
と思えば
やらなきゃいいだけの話だ。

ってことで何かのCMで言ってる
「ノーミュージックノーライフ」とかでしたっけ?
ちょっとそれは大げさなんじゃないの
と思うタイプの人間なのである。
自分は。

というか
「楽しくなければならない」
ってゆうのがそもそもの間違いなんじゃないか

時々思う。

とか言って
世をすねてひきこもろう
ってことじゃなくて
人生
「ある程度楽しければそれでいい」
んじゃないだろうか。

四六時中楽しくないといけない
というような考えは
身体に毒なのではないか、と。

というようなことを何故思ったのか。

それは昨今隆盛の「マーチングバンド」の
映像を見たからだ。

自分が中高生の頃
マーチングバンド
とかほとんど見たことなかった。

でまあ中二の娘が吹奏楽部に入部したこともあって、
ここ2年
そういった映像を見る機会が激増してるんだけど
そりゃもう凄いのである。
全国レベルの学校だと
演奏

演技

「完璧」なわけですよ。
入場料払ってでも現場で見たい
と思わせるものがあるわけですよ。

じゃしかし自分がそれをやりたいか
と問われれば
「むりむりむりむり」って感じなわけです。

まず
「一糸乱れぬ統制のとれた動作」とかが
無理。

つい「ふらふら」したくなっちゃう性格なもので(笑)

ましかし自分は無理だからといって
マーチングバンド
というジャンルそのものを否定するつもりはございません。
実際見てて「すごいなあ」って思いますし。

簡単な話、
「音楽やるならマーチングバンドのようにあれ」
とか
声高に言いだす人が現われさえしなければそれでOKです。
そんな指示に素直に従ってたら3日でストレス死する自信あります(笑)
生と死
年下の知人の訃報が届きました・・・

毎日のように顔をあわせるような
「深いつきあい」
のあった
人ではなかったのですが
会う時はいつも
ゲラゲラ笑いながら
呑んで唄って
あけすけに語り合って
という
アグレシッブな時間のみを
過ごした記憶しかありません。

病に倒れ通院、入院ということも
知ってはいましたし、
その入退院の繰り返しの日々の合間の
元気な時
にも顔を合わせてたりもしたので、
ほんとうに
不意に
あの
「笑顔」を
失った気がします。
正直若干混乱してますけど
いまは少しでも
「笑顔」には「笑顔」で応えられる人間でありたい

思っています。

心の底から素敵な「笑顔」の人でしたので。

2013年12月28日at江古田マーキー「年忘れフォークジャンボリー」

辻タダオ&dellaのステージの模様です。
2013年12月15日at東高円寺kaztou「野球狂の詩」

「大江戸煎餅音頭」です。
マーキーライブ皆様お疲れ様でした。
いやほんと最近続く
女性シンガー2名様の後って
いずれ劣らぬ実力者ぞろいなんで
プレッシャーというより
なんというかいい刺激になってますよ。
いろいろと。
マーキーもだいぶ変わってきたなあ
とつくづく感じております。
特に歌唱力に技術的裏付けのある人
に、次から次へと出会うわけで
昨日はマエハラさん亜由美さん共に
素晴らしかったですね。
で実はマエハラさんはおよそ1年ぶり2度目の対バン
ってことだったんですが
前回はまだライブ始めて間もない頃ということで
歌唱力と曲の良さは印象には残ってたんですけど
「ステージ運び」はまだ慣れてない感じあったのが
ここ1年半くらいで50回のステージを各所でこなした
ってことで昨晩はびっくりするほど堂々としてました。
20代前半という若さながら「ベテランかっ!」と
ツッコミを入れたくなりましたよ(笑)
ソツがない
とかそうゆうのともまた違って
言葉数の少ないMCとかスリリングかつクールで
面白かったです。

てなこともあって
昨日はありのぶさんの名曲にして難曲
「雪」

今度は「泣き」も入ることなく唄いきることが出来ました(笑)
20代前半の女性シンガーが堂々としているのに
アラフィフの自分が泣いてる場合じゃねえ!みたいな(笑)
ただまあ「泣かずに唄いきった」というだけで
まだちょっと演奏の出来はアレでしたんで
今後も精進いたします。

で昨日は新曲とか最近あまりやってない曲
を中心にやろうかなとかリハーサルまでは
考えてたんですけど
お二方のステージ見て
速攻で方針転換したわけです。

そのへんの機動力は「弾き語り」系の
強みかな(笑)

ま、結局「新曲」は完成しなかった
ってのもありますけどね。

新年1発目ライブ江古田マーキーで!
http://p.tl/I3b6
18時半開場19時開演¥1000(別途ドリンク代)
出演:マエハラユミ・亜由美・辻タダオ
マエハラさん2度目
亜由美さんは初回
ってことでここのところずっと
女性シンガー2名様のあとに
おっさん登場という流れで
大変恐れいります。
余裕のある方は早めにお越しください。

新曲は鋭意取り組み中ですが
出来るかどうか微妙です。

いずれにしても
「毎回必ず何かが違う」
辻タダオですので
よろしくお願いします。
謹賀新年
とかいって、
もう3日じゃないか
と。

なんかフェイスブックで
「あけましておめでとうございます」
と書いたら
それですべて終わった気になってたような(笑)

人並みに
雑煮食べたり
初詣行ったり
とか済ませました。

今年の目標は
単純に
「去年より多く」
曲を作り
そして
売れる作物を作る

そんな感じです。

まああとは
歌唱の技術を磨く
とかね。

年を追うごとに
どんどん
「歌の上手い人」に出会うわけでして
ああこれはとてもじゃないけど
かなわないなあ
とか思う機会も増えてるんですけど、
天性の「声質」とかそうゆうのは
どうしようもないんで
「声量」はなんとかしたいと思います。
自分でも明らかに
「加齢」で声量なくなってきたなあ
って感じてますし。

というか声量落ちたのって
「加齢」のみが原因じゃないなあ
ってのもございまして、
やはりその
そこそこの規模
まあ従業員数1000人は余裕で超える「組織」に
属していた頃と比べると
単純に「声を出す」機会が激減してるんですよね。
2ちゃん農業の家族経営とかに移ると。

「始業時の朝礼」「終業時の終礼」とか
ああゆうやつだけでも
あるとなしでは大違いです。
接客業だったんで
「ハイオアシスの唱和」とかやってたし。

あとけっこう声帯酷使したのが
いわゆる「面接」ですね。

バイトの面接とか
1日3人くらい
募集かけてる時は
立て続けにこなしてたりなんかもしたんですけど
これは意外に声枯れたりしてたなあ・・・・

100人きたら100人に
全くもって同じことを話すんですけど
「盛り上がりどころ」とかでは
ちょっと声量あげたりなんかして(笑)

でさらに「パチンコ」のホール業界だったので
インカムでの会話もずーっとやってましたからね。
「怪しい人が来たんで見張ろう」とかその手の会話ね。
これ営業中はずーっとでしたからね。

そうゆうあれやこれやが
「離職」によって
一気に無くなったわけですよ。
これはけっこうでかい
ということに
「会社員時代」の
録音音源とか聞いて
ここ2,3日で気付きました(笑)
普通に仕事に行ってるだけで
自然と「ヴォイストレーニング」やってた
みたいな。

いまはそれが皆無
みたいな。

ってことで
今年は
「声出していこう」

決意を新たにいたしました。

無理に作る
感じではない範囲で。

それはそれとして、
ヴォーカリストをお迎えしてのライブ
とかは別途
企画したいとも思ってます。

自分の場合「フィクション」で
「女言葉」の曲もそこそこあるんで。