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全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
何故自分は「演出過剰」を好まないのか?

ふといろいろ考えたのだが
単純に
幼少時
はあまり豊かな経済状況でない生活
を送っていたので
ある種の「防衛本能」から
そうゆう思考経路が形成されたような気がする。

つまり
「贅沢好き」

ならないように
自ら誘導
する
みたいな。

「演出」が
「過剰」
ってことは
これすなわち
「贅沢」
である、と。

例えば
名古屋の人々は
「結婚式」
にえらく気合いをいれて
贅をつくす
みたいな風習があるようだけど
そうゆう情報を入手すると
「ああ、おれは名古屋の人じゃなくてよかった」
って思う。
みたいな。

だがしかし
私も
大人になって
「贅を尽くす」
ってところに
「雇用」が生まれる
という理屈も
理解できるようにはなった。

「清貧」思想も悪くはないけど
それじゃあ
経済まわらない
ってのも
わかってきた。

わかってきたんだけど、
やっぱり
田中康夫的な
なんとなくクリスタル的な
価値観は
どうにもこうにも身体のなかに
はいってこない。

まあ
田中康夫は
ただ単に「事実」というか
「風俗」を描いただけであって
本人の行動をふりかえれば
単に
高度な消費社会の消費者万歳!
って煽ってるだけの人物ではない
ってことはわかる。
政治にも深入りしたし。

私は思う。
「三ツ星レストラン」

「高級ブランド」

身を固める
ということは
「虚飾」であろうと。
しかしそれを拒絶
するつもりもない。

「虚飾」を楽しむのも
また「人生」
だからだ。

少子高齢化とコンプライアンス
「社宅」ってあるじゃないですか。
で、
やはり基本
そこの住人が「独身」であるならば
独身状態

貫いてくれよ
ってゆう風向きになりますよね。
「法と秩序」

尊重するのであれば。

しかしながら、
異性をつれこんで
あれこれ
やりたい放題
ってゆうようなことも
あり得るわけですよ。

というか
間違いなく
そうゆうことは100%
起こります。

やっぱり
「性」の衝動が引き起こす事態ですからね。

そうゆう時に
「管理者」として
どう対処するか
ってゆう
ことを
私は
「全人類」的に
主張したい。

「見なかったことにしよう」
一択
ですね。

で、
すくすくと
お子様が育てば
それで
御の字っす。

御注進に及ぶ
って
この漢字であってるのかどうかわかりませんけど、
まああれですね
シェイクスピアの劇とかでも
告げ口
とかするのは大概
「嫌なやつ」
ってのが相場ですよね。

しかし、
組織の上層部としては
「組織の癌」は
早めに摘み取りたい
ので
「目安箱」みたいなのを設置するわけです。


高学歴で高収入な方々で
構成されている組織であるところの
大手報道機関
であっても
平気で
嘘やねつ造

まかりとおる世の中ですから
「庶民」で構成されてる「組織」になってきますと
そりゃもう大騒ぎさ
って話なわけです。

嫉妬心
からくる
嘘の密告
とか
そこそこ遭遇するわけです。

前回投稿のジオフィスの件からの
流れで言いますと
「マネジャー」職
って
そうゆう「糞みたいな情報」も
ガンガン裁かなければならない
って側面がありまして
それが一番の「ストレス」だったりするわけです。

おれはいま
第三四半期の純利益
について思考を集中させたい
のに
「OOさんのセクハラ行為が目に余るので
なんとかしてください」
という
申し立てがあると
それはそれで無視するわけにもいかず、
申し立てしてきた人
の立場がおかしくならないように
気をつかって
「調査」行動もするわけですけど、
「被疑者」は
そんなことをするような人物にも見えないし、
遠目に観察してても
「気配」すらない、と。

じゃ「申し立てしてきた人」
が嘘をついているのか?
みたいな。

でしかも
その「申し立てしてきた人」

「悪い人」には全然見えない
と。

というようなことが
年がら年中
あるわけです。

で、私自身の経験ですと
申し立てしてきた人

「真実」を述べてる場合

「嘘」または「神経症的思い込み」
である場合は
おおよそ半々であったような。

ま、人を陥れるための
「完璧な嘘」

そのうち1割くらいでしたけどね。
さすがに。
そうゆう意味では
まだまだ世の中捨てたもんじゃない
とは思います。

やはりその
「神経症的思い込み」
みたいなのは
圧倒的に多いわけです。

組織
ですから
やっぱり
みんななかよく
ってゆうふうに上手くことは運ばないわけですよ。

そうゆうわけなので
最初から
御注進とか目安箱とか
そうゆうものは
我々のチームにはありえません
人間関係のいざこざは
当事者同士の自己責任で解決してください
ってゆう
組織にすればいいのに
って
いまなんとなく思ってます。
ドラマはそんなに見ないんですけどね。
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たまに海外ドラマにハマるわけです。
4~5年に一度くらいのペースで。
基本、「野球中心」なものでw
とか言って
これもまだ全部見終わったわけではないんですけどね。

ただまあ自分としては
久々に感情移入が簡単に出来るドラマですよ。
だって主人公が
「しょうもないオヤジ」ってゆうねw

ってことで
自分も「マネジャー」職を
業界は違いますけど8年ほど勤めてたので
このドラマのろくでなしマネジャーの
「仕事より笑い優先」ってゆう偏った考え方とか
いちいちリアルに理解できてしまうのですよ。

しかも「バンド活動に挫折」とかしながら
平気で自作を社員に披露しちゃうメンタリティーとか
なかなか見上げたものですw

そんなわけで、
あははははは
とか
お気楽に笑いながら見てはいるんですけど、
時折
「身につまされる」
感覚になるのは
自分自身の「マネジャー」時代の
失敗体験のあれやこれや

思い出さざるを得ない
ってゆうねw

自分としては
概ね真面目にやってた
「つもり」
ではありましたが
場面場面で
「仕事より笑い優先」
の姿勢であったことが
「皆無」とは言い切れない、と。

ま、しかし
このドラマの製作は
2001年から
ってことなんで
年々世の中「コンプライアンス」強化されてますから
2015年のいま現在では
ちょっと有り得ないでしょうね。
この紙会社のオフィスの雰囲気。

ただ
2001年当時だったら
十分有り得たでしょう。
間違いなく。

何故そう断言できるのか
ってえと
私は1989年から2010年まで
会社員やってたので
「コンプライアンス」
強化前
と強化後の
両方の
「会社」というか「企業」の雰囲気を
身体で知っているからです。

で、このドラマの2001年頃
ってのがやはり
端境期だったのかなあ
と。

本社から視察にやってくる
女性役員に
バリバリのセクハラワードが浴びせかけられたりするけど
次のエピソードで
誰も「解雇」されてない
とか2015年現在では
有り得ないんじゃないかな、と。

ま、とにもかくにも
齢50に達した自分としては
コンプライアンスが強化されて
清浄化
した世界よりは
味噌も糞も一緒かよ!
みたいな
カオスな世界の方が好きだなあ

思う次第であります。
技術の進歩は凄いですね。
大容量化したHDDからBDにダビング、という作業を繰り返していると、貯まっていくBDをじっくり見る機会がないので誰もが思いつく「再生専用機」購入に踏み切ったのです。値引きで2万円以下でした。これが意外なことにネットとの連動機能が実に多彩で、たとえば自分のyoutubeアカウントの内容そっくりそのままPC立ち上げなくてもTVのみで大画面で視聴可能だったりします。それとhuluも当たり前のように組み込まれてたので「2週間無料トライアル」に登録出来たりとか。なのでインプット中心でアウトプット少な目な日々になっております。
選択肢が多い少ないの件
さて、江古田マーキーに置いてあるのと同型の
ワークステーション系キーボードを所有しているので
宅録で音源作ろうと思えば、
おおよそどんな音色でも使えるのであるが、
結局2年くらい前に1回
「つれづれマシーン」という曲のファイルを
ひとつ作成しただけで
その後はその手の作業は全然やってない。
「いかようにもできる」
ってゆうある種の「全能感」ばかり先だって、
なんだかんだで「実際の仕事」には着手しない
ってゆう「先送り」体質がしみ込んでしまったようだ。
で、TED系動画には
「選択肢が少ない方が幸福度が高い」的な
論の進め方をする話者が複数いて、
なるほどな
と。

ワークステーション系キーボードだと
数千単位の音色があるわけで
これ!
と割り切るのがなかなかに大変なのだ。

ま、だからといって
買わなきゃよかった
とも思わないし、
バランスでしょうかね。

とりあえず、
「普通のピアノの音」
でやった方がいい曲

「電子音駆使しまくり」
の方が栄えそうな曲

の2種類にわけて考えてみようと思う。
さて次は東高円寺だ
昨夜江古田マーキーにお越しいただき誠にありがとうございます。

さて新年の誓い
「記憶をなくさない」
ってのは
早速おじゃんになりましたw

が、まあなんとか生きてます。

次回は東高円寺カットウさんでの
おぐまゆきさん企画ライブで
2月4日(水)です。

江古田マーキーは3月11日(水)です。

各地で行われてる
オープンマイク参加も検討中。

その都度
「何が飛び出すかわからない」
感じでやりますので
よろしくお願いします。
昔を懐かしむ感覚ナシで
四半世紀ぶりに
トロンボーンでステージをこなした。

吹奏楽界では超有名な
「バンドの為の民話」という曲を
人数が少なかろうがなんだろうが
無理やりやっちゃうプロジェクト
的なノリ
で最初はごく軽い気持ちだったんだけど
集まって練習を重ねていくうちに
「バン民なつかしいなあ」
という感慨とかは
吹き飛んで行って
それは何故かというと
中学時代よりも
まったくもって吹き通すのが
困難だったからだ。
少人数だから他の楽器のパートも吹かないと
曲がつながらないので
最大でも「連続15小節」くらいしか休みがなく、
それ以外吹きっぱなし!
みたいな。
ブラックバイト店舗も真っ青!
みたいな。

ということで
音楽的には
新たな生を活きたような気がする。

ってそれは
大げさですねw
わりかし音楽漬けの毎日なので
ちょっとここも更新滞りがちですけど、
久しぶりに時事ネタに触れましょう。
年末年始にかけて
「思想言論表現の自由」に関わるニュースが
次から次へと湧いてますよね。
50年生きてて
ここまで立て続けに
ってのはあまり記憶にないです。

無党派層の自分としては
当然「思想言論表現の自由」は最大限に尊重すべき
と考えますので
言葉には言葉で応酬し
互いに言葉で戦う
という環境が
もっと積極的に整備されればいいのに
と強く思うわけです。

で、もちろんある一定のラインを超えると
「名誉棄損」
「脅迫」
「強要」
「プライバシーの侵害」
だよ!ってのは
明白にあって、
「自由」とはいっても
ある程度「範囲」はあるわけです。

たとえば「モデル小説」のように
描かれた対象にあたる人物が
実生活上の不利益を蒙ることがあきらかなので
「出版差し止め」の訴訟を起こす
ってゆうような行為
も「思想表現言論の自由」である
と私は考えます。
で、最大限そこまででしょう。

例えばそこで
最高裁までいって
「出版差し止め」
あるいは
「出版差し止めままならぬ」
どちらかの結論が出たのであれば
「法治国家」の国民として
潔くそれにしたがう、
と。

そうゆう単純明快な原則で
生きればいいのではないか、と。

で、どうしても納得いかなければ
そこではじめて
「市民運動」スタート!
みたいな。

最高裁で一度決まったことだから

おとなしくしてなきゃいけない
ってゆうことでもありませんし。

ということで、
パリの事件とかが
ここ最近では衝撃度が高いんですけど、
私はそれよりも
ネット利用を否定的にとらえる論調が
増えていることに薄気味悪さを感じます。

特に
「就職活動」がらみ

いまどきSNSなにもやってないの?
でも
SNSで「本能のまま書きたい放題」はできないし、
的な論調。
で、玉虫色に
SNSでは「あたりさわりのない書き方」に終始しましょう
みたいな「誘導」がはいる、と。

私は個人的に
こうゆう「同調圧力」的な
「啓蒙」活動

いちばん危険なのではないか
と思うのです。

昨今巷で聞く
「ヘイトスピーチ」という語句の
「厳密な定義」がわからないので
それに関しては判断留保してます。

個人的に
「人種差別」はよくないことだし、
「人種差別」をことさらに煽り立てる言動もよくないこと
と思います。
そしてもちろん「戦争」なんぞは
百害あって一利ナシ
としか思えません。

しかし
たとえば
従業員100名以下
くらいの会社でも
「意見の相違」で
いくらでも人間関係がドロドロする
ってのが「現実」なわけで、
まして
国家VS国家
という国際政治の舞台で
ただただ愛だ平和だ平等だ
とかそんな「単純」な語句は
いま使ってませんよね。
むしろ逆に
「互恵的戦略関係」とか
意味不明な語句にしておいたほうが
お互いに楽
みたいなことになってるわけです。

私は「理想主義」や
「原理原則主義」が全て悪い
と言いたいのではありません。

違う立場で「理想」を追えばいいのであって、
その違いを互いに認め、
たとえその隔たりが大きいにせよ
まちがっても
相手を自陣に引き込もう
つまり
「同化」させよう
としなけりゃいいのではないでしょうか。

いまの日本では
一族郎党の間であっても
「支持政党」

「宗派」

「趣味嗜好」

なにもかもが
バラバラなのが
「当たり前」
になってきているのではないか、
と思うのです。

それこそ「一族」の構成員が
バラバラな業種に散って仕事をしていれば
必然的に
「思想的な一致点」
なんて、
見出そうとすること自体が無駄な努力なのかもしれません。

そんな状況のなかで
互いに
最低限の人間的コミュニケーションをとる
と。
とれないかもしれないけど、
とったほうがいいので
とる、と。

これって
成功すれば
全世界的にも
かなり凄いことなのではないかと思うのは
私だけでしょうか。
インプットとアウトプットのバランス
ツイッターでもそれらしきことをつぶやいたんですけど、
きょうび録画機器のHDDも大容量化してるし、
メディアのBDのほうも50GBとかいうのも売ってて
どんどん大容量化してて、
とりあえずって感じでなんでもかんでも予約して
録画終了したそばから
HDDからBDにダビングして
とかやってると
なんだかこう「永久機関」みたいな感覚になって
こうやって貯め込んだコンテンツのうち
「生涯見ることついぞナシ」みたいなのも
まちがいなく出てくるだろうなあ
という予感がしているのは
何も私一人ではないでしょう。

年末年始は
「シリーズ一挙放送」とか
そうゆうのも多かったですし。

さて自分の場合は
「作詞作曲」する場合
過去の偉大なミュージシャンの作品
からインスパイアされる
ってこともあるにはあるんですけど、
それよりは
小説とかマンガとか映画とか
そうゆう「音楽」以外のジャンルのコンテンツから
ヒントを得て曲作る割合のほうが高いタイプの者です。
なわけで本は読めるかぎり一冊でも多く読みたいし
映画も見れるのであれば一本でも多く見たい
と、単純に考えて暮らしております。
そりゃもう「ジャンル」にはとらわれず
片っぱしから
って感じでしょうか。

ましかし、
「加齢」によって
こうゆうのはもういいかなあ
って思うタイプのコンテンツもありますね。
映画でいうと
ホラー、とかスプラッターとかの類でしょうか。
10代から20代にかけて
その手のものは勃興→隆盛
って感じだったので
「話のタネ」にそこそこ見ました。
でも
もうさすがにそうゆうのはいいや、
って感じかな
現在は。

とか言いながら、
サイコ
だの
シャイニング
だの
は引き込まれて見ちゃいまして
ヒッチコックだ
キューブリックだ
ってゆう「巨匠」のブランド
だから
引き込まれるのか
それなら単なる「権威主義」にかぶれてるだけなのか
よくわかりません。

ま、それも考え過ぎかな。

なんかただスポーツ感覚で
意味なくどんどん血が流れる
人体がバラバラになる
とか
そうゆうのはもういいや
ってところでしょうか。

あとホラーとかスプラッター
ではないんだけど
ただただひたすら陰惨なばかりのストーリー展開

ということがあらかじめわかってる映画
とかも
「名画」と評価が高くても
見る気にはあまりならないかな。

「ただただひたすら陰惨なばかり」
ってゆうのがまた
曖昧な指標なので何とも説明のしようがないんですけど、
ATG系にありがち
ってことかなw
でもそのへんも
「陰惨なATG作品をまた見てしまったんだけど、
これにはちょっと感動したぞ」
ってゆうケースもあるので微妙っすw

いずれにせよ、
過去に見た作品を見返す
そして
未見の作品を見る
どっちも重要なことでしょう。
自分で「作品」を生み出そう
という考えを持っている者ならば。
ミ・アモーレで94点獲った
ということで、
昨年松岡直也氏が亡くなった直後に
ツイッターかフェイスブックで
「次にカラオケ行くときは必ずミアモーレ唄う」
って書いたような気がして
でようやくいまごろ実現!
みたいな。
ここ数年
「三が日のいずれかは家族でカラオケ」
みたいな流れなもので。

オリジナルキー

五十路の中年男が唄っても
「94点」ってのは
中森明菜が女性シンガーとしては
声域低めってのもあって
そうするとこちらは
ギリギリの努力でなんとか追いつこうとするので
正直実に情けない声になっちゃって
家族という「身内」だからできる芸当であって
表には出せないシロモノなんだけど
歌ってる本人としては
曲がいいのか
たまらないっすね。
恍惚感がw

ちなみに
入ったカラオケ店の
採点マシーンは
甘めの設定だったのか
「90点」台は
誰が唄っても
余裕で出まくりでしたw
謹賀新年
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

呑み過ぎて
紅白の記憶も鮮明ではなく
しょっぱなから「寝正月」になってしまったので、
今年の目標を
「呑んで記憶を失くさない」
に定めた
志があまり高くない辻タダオでございます。

今年も何卒
ご愛顧のほど
よろしくお願いします。

江古田マーキーの年忘れフォークジャンボリーに関しては
「普段やらないこと」
をやったものですから
柄にもなく「緊張」しましたよw
終わった直後は
やらなきゃよかった
とか若干後悔気味だったんですけど、
さっき録画みたら
まあたまにはいいかも
って思いました。

基本「自作」中心でステージまわしてますと
「自分で弾きやすい」
とか
「自分で歌いやすい」
といったような曲中心に構成されることが増えまして
それに関してやや「マンネリ」感を覚えてたので
あえて「無茶」なカバーとか
自作のなかでもとりわけ「唄い難い」曲
などをおりまぜたんですけど、
まやはり多少の緊張感は
あったほうがいいって
あらためて思いました。

しめのめん

「唄いやすく」
「弾きやすい」
ので助かりましたw