全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
いま自分が生きているということ
いままで8月15日に
なにか特別なことを言ったり
書いたりしたことはないんだけど
今年はひとついっておこう。
というか基本
実親共に沖縄出身なんで
「終戦」「敗戦」の日は
厳密に言えば6月23日なんだけど
そうゆうことは
私はこだわる気はないんで
あくまで8月15日に思う
ってことを書く。

実に単純なことなんだけど
いま自分が生きている
のは
あの8月15日に
祖父母や親が死なずに生きていたから
だということに他ならない。

そしてここからが重要な点なんだけど
沖縄というのは
もともと地場産業が
そんなに強くないってのもあって
当時も
そしていまも
なんだけど
海外に活路を見出す人材がたくさんいた。

自分の親戚筋もそうゆう人がたくさんいる。

で、
あの悲惨な沖縄戦を
「体験」した人は
よくよく考えると
自分の親戚筋では
半数以下だと思う。
もしかしたら3分の一くらいか。

だからいま自分が生きている
ともいえる。

沖縄戦のとき
大半の親戚は
「海外」にいた
ので
いま自分が生きている
というのは
動かしがたい事実だ。

沖縄戦の「現場」にいた
祖父母世代の一人のとある誰かの話
とだけことわっておいて書くけど
真面目に
生死の境目は
ほんとにちょっとした
運不運だった
と。

防空壕からちょっと顔出したら
「流れ弾」に当たった
とか
英語が判らず
米兵に撃たれた
とか
そうゆうことでどんどん
周囲の人達が死んでいくのを
目の当たりしたその人は
親類縁者のなかでも
特に「寡黙」な人だったように感じる。

私が8月15日に強く思うのは
軍人民間人ふくめ
あの戦争で亡くなった人
より
「生き残った人」の数の方が
圧倒的に多いってことだ。

特攻隊
玉砕
硫黄島
沖縄
東京大空襲
広島長崎
という
目を覆いたくなるような
惨禍があったにも関わらず
それでも
日本が「高度経済成長」を為し得たのは
戦争に負けたけど
そこそこ人は生き残った
ってゆう
それが全てなのではないだろうか。

そして「生き残った」人達ってのは
ずるい人達だったのか?
ってのは
どうしてもちょっと疑問として残る。
だけど人生生き残ってナンボ
ってのもあるしなんとも言えない。

自分もそりゃまあ
「生き残ろう」として
いろんな行動をとるだろう。

でもそれが正しいか
正しくなかったのか
って決めるのは
結局最後は
「自分」だけだと思う。

そして「英霊」って言葉は
死語にせず
守るべきだろうと思う。
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