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全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
ゴミ出しはやっかいだよなあ。
さて、この「生活の細かい柄」カテゴリーでは
2度目の投稿なのだが、
前回から引き続いて
「年取ると大変」なことである
「ゴミ出し」について書こう。
というのも、その投稿書いたあとで
たまたまなんとなく母が隣室でつけてたラジオで
「高齢者のゴミ出し難民」の件を詳しくやってたのを
聞いたのだ。
たぶんNHK第一かなにかだったと思う。

単純な話、
加齢による体力の衰えで
ゴミの「集積所」にゴミを「運搬」すること自体が
困難になる
ってのがまずある。

ああ、そうだよなあ
って
「高齢者」でない自分が思うのは
いまは和らいでるのでそうでもないのだが
再三書いてる「脂肪肝での入退院」の直後あたり
付随して発症してた「上半身の筋肉痛」がわりと酷くて
それこそそんなに重くもない物を
ちょっと「持ち上げる」動作くらいなことでも
痛くてたまらず、「日常生活が困難」ってこのことかあ、
ってゆうような「疑似高齢者体験」をしていたからだ。
ラジオでの「リスナーからのお便り」で
集積所にセキュリティーの為に設置されてる
「檻のような鉄製の頑丈なゴミ入れ」のフタが
重すぎて開けられないってゆう悲痛な叫びがあったんだけど
ああ、それわかる!
って弱ってた自分は共感したw

それから、
加齢による「記憶力」「判断力」「分析力」等の衰えで
「ゴミ分別」における正しい行動が出来なくなる
ってのもあるようだ。
自治体にもよるんだろうけど
私の「職場」のある町田市なんかは
分別方法がとにかく細かいし、
また市内の「地区」によっても
「燃える」「燃えない」の扱いが品目によって変わったりするし
品目による分別一覧法みたいなのも
「市のホームページ」にきっちり載ってるんだけど
これ「デジタルデバイド」な層の高齢者だと
まずもってそもそも「把握」しきれないだろう。
私が読んで頭を抱えたのは
「シュレッダーゴミにつきましては20xx年x月より
従来の燃えるゴミではなく、古紙古着と同じ扱い
になりましたのでご注意ください」
とか書いてあって、
ならば、と
古紙古着のリンクをたどってみると、
なんと「市指定の有料ゴミ袋」ではなく
「紙袋」に入れて、紐で縛って出す、
ってことになってて
こりゃまたけっこうな手間である。
紙袋なんていまどきそうそうないし。
新聞とってる家なら
新聞紙詰める用の紙袋もらえるけど
いまでは新聞購読世帯もだいぶ減ってるし
そしたらゴミ捨て用の「紙袋」も
買わなきゃってことになるのか?

ティッシュの紙製の箱
薬の紙製の箱
なんかは「雑紙」という分類になるので
普通の「燃えるゴミ」とはまた違う扱いになる
とか
そうゆうのも最近は全国各地で当たり前のようだし、
各種「梱包資材」の
「紙部分」「ビニール部分」「プラスチック部分」を
分離するとかも
最早「常識」みたいなんだけど
これはほんと
「認知」の機能も
「体力」も衰えてたりすると
難行苦行でしかないだろう。

こうゆうふうに
「よかれとおもって」
細分化された物事ってのは
決して元の大雑把さには戻らないし、
ま、実際「よかれとおもって」
「よくなってる」こともあるんだろう。
あるんだろうけど、
根が大雑把な自分なんぞは
「そりゃいくらなんでも
細かすぎじゃないのか?」
ってゆう不満タラタラである。
名古屋の武田教授に
全面賛同する気満々になる。

で、「よかれとおもって」策を施したけど
逆に悪くなってる実例がすでにあがっているのが
「独居老人宅のゴミ屋敷化」である。
で、ゴミ出し代行業が設立される。
まあ自治体でとか、ボランティアで、とか
そうゆう動きもあるようだが
なんにしたって「コスト」増には違いない。

ただ逆に考えると
ゴミ分別が細分化されてるということは
それだけ「出せるゴミ」も多いってことなのだ。
「お金出していらない物をもっていってもらう」とか
しないで済むのだ。
地道にちょっとずつでも物を捨てていけば。

本とかCDとかDVDとかBDとか
あるいはカセットテープとかVHSとか
ブックオフでも買い取ってもらえなさそうなシロモノ
であっても
日時場所梱包方法を守りさえすれば
サクッと持っていってもらえる。

ルールの範囲内で
「集積所に出してよい」とされてるものは
地道にちょっとずつでも出していこうと思う。

それやらないと
自分の居住スペースが
「ゴミ屋敷化」するのは
ほぼ間違いないと思うから。
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