全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生涯一東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。
何を「忘れない」のか
というと、
自分の場合は
「人生一筋縄ではいかない」
ことを痛感させられた日
ということで
「忘れられない日付」
となった3月11日。

今年は
おぐまゆきとのユニット中前適時打で
静岡で開催されるチャリティーライブに出演する。

中前適時打として
「いま現在」
の普段通りに出来るステージをやる。

3月11日の
「一筋縄でいかなさ」

自分の場合はその時
「無職」状態で
「職業訓練校」に居た
という状況にある。

より大きくて広い「世界」における
大きな「不幸」と比較すれば
あくまで「個人的」で
卑近で小さな話なのだが
とにかく自分は
「無職の中年男」
として
「職業訓練校」にいたのは事実。

そしてその
「無職」状態であること
「職業訓練校」に通っているということ
そのもの自体を
こうゆうインターネットという
「全世界」に開かれた場所では
当時「公言」はしておらず
それは「公言」しない方がよかろう、
という
「世俗的」な判断が働いていたからだ。

もともと
「個人情報」に関しては
震災前も震災後も
自分に都合が悪いと思えば
「詳細は省く」という書き方をしてきたので
特にそのことに何か「良心の呵責」みたいなものを
感じることは一切ないし
だいたい誰も「ネット空間」に対し
そんな義理はない。

血縁的近親者の画像等は
基本「アップしない」派だし。
それは自分うんぬん関係なく
当事者が「嫌だ」と言ってるから。

ただ、人前で自作自演で唄を披露する、
という行為を長年やってきていたから
「自分が何者であるか」
については
なるべく書くようにしていたし、
画像も動画もアップしまくる!!
ってことだ。
単に自己顕示欲にもとづいて
がんがん「宣伝」するぞ!
とそうゆうこと。

ということで
いま言いたいのは、
当時
「無職」であること
「職業訓練校」に通っていること

ネット上で「伏せていた」ことの
良し悪しの価値判断は置いといて
そうゆう状態になっていた自分を
自分自身は恥じていたのかどうか、だ。

結論からいえば
恥じていた
からこそ「伏せた」んだろうと思う。

なんだけど
べつにそれを悔いたりもしていない。
もうほんと単純に
「人生山あり谷ありですよ旦那!!」
としか言いようがない。

なにはともあれ、
自分の場合は
「無職です!!
頑張って職業訓練校に通ってます!!
職業訓練校での毎日を詳しくブログで
レポートします!!マメにツイートします!!」
というタイプの人間ではない!!
とまあ
そうゆうことなのだ。
ああ、ちなみに当時インスタは無かったなあ。
ま、あっても「職業訓練校からインスタ映えする投稿」なんぞ
しないのが「普通」だろうなあw

いやその
「考え方」を
自由で開明的でポップでファンキーで
ノリノリな感じのブラザーちっくな要素で
塗り固めれば、
「無職中年のわたくし職業訓練校に
通ってますがポジティブに頑張ってます
イエーイ!!」ってのもアリだと思うし
それも自由だし
それを非難するつもりは
大筋においては無い。

無いんだけど
訓練校のなかで
「インスタ映えする写真撮りましょうよ!」
なんて誘われたりしたら
うるせーばか!!
って思うか
あるいはマジギレするかもしれない。
「それどころじゃねーよ
この糞ポジティブ野郎!!」
みたいなね。

ま、暴力はいけませんので
やんわり「拒否」の
意思表示
ってことになるだろう。
いずれにせよ。

で、
「震災当日は無職で
職業訓練校にいた」ことを
いまここでこうして
というかまあ数年前から
書くようになってるんだけど
じゃなんで書くようになったのか
とかは思い出せないし、
また、書くようになったからといって
自分の人生がなにか
「ふんぎりついた」
とか
「かたちが定まった」
とか
まして
「完成した」
とかそうゆうことがあったわけではもちろんない。

隠すほどのことでもなかろう
と思ったから
書くようになった
ってだけのことだし
書いたら面白いと思えば書く
ってだけ。

何日か前に書いた
「エクセル」のネタみたいなのとかね。

ま、ただ
その場にいた人達のことに関しては書かない。
というか
書けない。

何故なら「名刺交換」は当然のこととして
メアドや連絡先の交換など一切せずに
最終講義が終わったら
お疲れ様でしたと小声で言って
教室で談笑しているみなさんを後にして
帰宅したからだ。

念の為書いておくと
訓練校を仕切る側からは
受講生同士、交流を深め
今後の人生の糧としましょう
というようなお達しというか
「強制」ではない「おすすめ」
みたいなのはあった。

あったけど自分は従わなかった。

それは「訓練校にいる自分を恥じる」
という部分があったがゆえに
一緒にいた人達に対し
心を許しきる
ということがなかった
ってことだろう。

冷静に考えれば
とんでもなく「傲慢」で「薄情」な態度だとは思う。

思うんだけど
まあそうゆう「気分」だったし
そうでない「気分」にはなり得なかったということだ。

ということで
なんだかとりとめもない感じだが
3月11日は
人生山あり谷あり
アップなのかダウナーなのか
自分自身の「状態」をそのまま受け入れ
それを率直に表明していく日
ということにしよう。
今年から。

で今年は「遠征」でライブに行くくらいだから
概ね元気です。
全身筋肉痛どうこう
花粉症どうこう
いろいろあるけど。

それで十分だろうと思う。
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