2 銀座TRILLに出演するようになって様々な出会いが
3 遂に普通免許を取得
ってことでね
実に濃い1年でした。
どれもなんだか
「スタートライン」に立った、
って感じの出来事なんで
2013年はどんどん「応用」を効かせていく年にしよう、と。
で、フォークジャンボリーの音源
ライン録りのCD-Rと外音のICレコーダーと
2種類あって、
ラインの方をずっと聞いてて
dellaさんの持ち味を活かせてない自分のプレイに
うーんと唸る感じだったんですけど、
ICレコーダーの方を聞いてみたら
客席の生の反応とかはいってて、
なんとなく勇気が湧きました(笑)
ま、今回はアップロードとかはしません。
既にアップ済みの曲しかやってないんで。
というか「ありのぶCDプロジェクト」もスタートすることを
踏まえ、
「辻タダオCDプロジェクト」やるとしたら、
「マーキーの現場で録音」とかもアリかなあ、とか
そのICレコーダー音源を聴きながら思いました。
で「生ピアノ」の曲は
TRILLで、とかね。
いろいろ夢が膨らんできましたよ(笑)
あと広く世間の話題で
「重大ニュース」かな
と思ったのは、
政権交代
いじめ自殺問題
イーグルス5割で4位
ってところですかね。
この後は家族でザッピングしまくりながら
のんびり過ごします。
総勢13組で大盛り上がり。
旧知の皆様とも会えたし、
またそれぞれ刺激的なステージ目白押しで、
色々考えさせられました。
わたしはテナーサックスのdellaさんと出まして、
いつものdella節炸裂でお客様にも喜んでいただけたかな、と。
dellaさん練馬区の方なので、
今後機会が合えば、またマーキーで共演したいところですね。
反省点はそろそろもうちょっと細部を詰めよう、ってゆう。
みなさまの緻密なステージ運びを見てると
そうゆう気持ちになりました。
ただ基本「勢い」重視でやりますけどね。
あと話題は変わりまして、
三浦さんプロデュースで「ありのぶCDプロジェクト」が
スタート。
私も何曲かピアノでサポートすることになりました。
2013年はこういったことも含め、
自分が出来ることはどんどんやっていこうと思います。
免許も取れたし
365日農業と音楽で頭を使うぞ、と。
ってことで
マーキーの皆様
ミュージシャンの皆様
お疲れさまでした。
よいお年を。
ってのを最近知ったわけですが
わたしの場合
「芸名」の「辻タダオ」のほうではよくやります。
通い農業で「自分じゃない人のPC」を共有で使ってますからね。
で、ここ半年くらいで急激に
「辻タダオ」の動画がyoutube上に増えてます。
というか自分でも増やしてます。
で、銀座TRILLさんのご厚意でアップされてる動画は
グーグルエゴサーチでどんどん出てくるので
いやもうほんとありがたやありがたや
って感じなんすけど
自分でえっちらおっちらアップしたやつは
かすりもしない
ってことに最近ようやく気づきまして
さっきようやく
「曲名の前に辻タダオって表記すればいいんだ!!」
ってゆう知恵を授かりました。
ははは。
授かりました
というか自分で考えたすえに発見しました。
早く気が付けよ
って話ですね(笑)
「12球団あまねく見る」派でした。
で、その頃は「松井みたさ」にけっこう東京ドームも
積極的に行ってたんですよね。
ジャイアンツの勝ち負けとか全然気にしてなくて、
とにかく一打席でも多く松井見たい
ってゆう。
なので3番高橋由伸がサヨナラソロホームランとか打つと
「おいおいおい松井さん見れないじゃん」とかクサったりしてました。
いまにしておもえば大変失礼な話で
高橋選手すみません、としか言いようがありませんね。
あの東京ドームであっても
見に行きたくなる気持ちにさせた
稀有な選手だったと思います。
ヤンキースで来日した2004年日本開幕シリーズの時の
ホームランは忘れられませんね。
まついー
だったか
「さん」づけで
まついさんー
だったかとにかく客席で
周りの人と一緒に叫んでました。
お疲れ様です。
まああれですか「DV」系なんすね・・・・・
ちなみに我が家では
DV有り得ないというか
まあ娘一人の三人家族なんでね。
「男の子」がいたらどうなってたかは
ちょっとわかりませんけど、
齢48にして
生涯一度も女の人を「通常の日常生活」のなかで
殴ったことないです。
というか「通常の日常生活」以外でもないかな・・・
学芸会の芝居の記憶とかないし。
ってことでこれは「良い人」アピールの為でもなんでもなく、
逆に「女の人は怖い」アピールなわけでして
私は幼少時に「小柄」だったので
北斗晶さんみたいな「女の子」に
マジでボコボコにされまくりまして
ほんと「手加減」がないんですよ。
男の子同士のケンカならまだその
「始まりと終わり」の境目がわかったんで
ありがたかったんですけど
「女番長」はほんと情け容赦ナシ!!
みたいなね。
べつにわたしは個人的なうらみつらみを
その「女番長」にぶつけるつもりはありません。
ある意味その「女番長」が
少なくとも私の妻と娘を「DVの危険」からは
救ったのは間違いないですからね(笑)
朝イチからずーっと
「異例の人出」であることを強調してて
「開門時間」を30分早めてました。
わたしもそのへんはある程度予測してたんで
早めに現地に着いたんだけど
確かに「え?もうこんなに人集まってるの?」みたいな。
寒かったし早く屋内に入れたのはありがたかったっす。
事前にあちこち閲覧しておいた「経験者は語る」
的な「府中運転免許試験場に触れた各種ブログ」の内容とは
なにからなにまで違ってまして
ま、要するにこれが「年末進行」ってやつなんでしょうね。
わたしはほぼネット上の「無料問題」のみの事前学習でして、
朝イチ一発目の本番で、
マークシートつけおわったところで
「怪しいとおもった問題番号」のメモ
が丁度10個ありまして、
うわあ実に微妙だぞコレ!
みたいな。
いわゆる「門外漢」であるところの
「二輪系問題」に
「いままで見たことない問題」が複数以上あったのが恐怖でした。
そこはもうそれヤマ勘しかないですからね。
とにかくその10個を真剣に考えた結果
1問だけ修正し、
あとは野となれ山となれ
で残り12分のところで退室しました。
「ケアレスミスの有無」とかチェックする気力も残ってませんでしたよ。
で、1時間待たされて
合格発表。私は若い番号だったんですぐにあっさり自分の番号発見。
とにかくホッとはしましたが
感涙にむせぶ
みたいな高ぶりはなかったです。
なにしろ人数が多過ぎて
モニターによる合格発表も時間がかかり、
その後の各種説明にも時間がかかり、
結局「普段なら朝イチ受験組の合格者の免許交付は13時半ごろ」
が目途なところ
わたしが全ての手続きを終えて試験場を出たのは13時58分でした。
「たったの28分遅れ」
だったのは会場に早めに到着して受験番号が若かったおかげでした。
最後にふと思ったのは
東京の片隅で
「クリスマスイブどころじゃない」一夜を過ごした人たちが
ここに一同に会したんだなあ・・・・
と。
ま、みなさまご苦労様でした、
と。
面白おかしく過ごせました。
「パーティー」で最初から最後まで楽しい
って貴重なことですよね(笑)
ただ、
おそらくですけど、
さいごのほうは「ピアニスト」としては
全く使い物になってなかったと思われまして、
すみませんでした。
自分自身もっとも鮮烈な記憶として残るのは
「50音唄い出しゲーム」の「こ」の部で、
丸山圭子の「どうぞこのまま」が出てきたことです。
「なんでここでこれがでるんだ?」と。
自分でもさっぱりわかりません。いまに至るまで(笑)
貴重な体験をさせていただきありがとうございます。
ついつい見入っちゃう時あるし。
ま、ただリアルな社会、政治、経済
の様々な場面に関して
真面目に陰謀論を説こうと思ったことはほとんどありませんね。
ここのところアメリカの大統領選は
接戦が多いのに対して、
日本の「自民VS民主」はどっちかが圧勝
ってゆうパターンになってるんで
「陰謀論」的なものはそのつど蔓延るし、
実際のところ「陰謀スレスレのポジショントーク」も
増えるし、さらに言えば「陰謀まがいのスキャンダル合戦」
くらいであれば実際起こるんで、
そこそこ日本の社会もドロドロしてるんだなあ
とは思いますけど
それこそやりすぎ都市伝説みたいな
国境を超えるような「大がかり」な話になってきますと、
まあなんというか
「お互いそんなヒマないだろ」と私は個人的に思います。
社会問題、経済問題、政治問題において
とてつもなく人心に不安感を与える出来事の
原因を探る場合に肝要なのは
陰謀論的視点とかは後回しにすべきであって、
まずはその事件なり事故なりの出来事の当事者たる人、人たち
の「初動の判断」がどうであったのか、を検証すべきなのであって
それ以上でも以下でもないでしょう。
そこでどうしても不可解なことばかりが目立つ
ってなったところでようやくショッカーか死ね死ね団かデストロンを
疑ってみる、と。
しつこいくらいに引き合いにだしますけど、
あの2004年の球界再編問題なんかでも
話を盛ろうと思えば、
当時は小泉&竹中体制でしたから
グローバリズムとか新自由主義とかを引き合いに出して、
なんらかの影の黒幕みたいなのを特定して叩く
みたいなことも有り得ない話じゃなかったです。
しかし隅から隅まで目を皿のようにして観察し
深く考察してみても
そうゆう「深慮遠謀」みたいなものは無かったのです。
じゃ、あれはなんだったのか?
と言えば
単純な話
「経営サイドのユーザー心理の読み間違いの累積」
だった、と。
つまりいい歳した大人というか初老もしくは老人の経営者が
「べらぼうに浅はかな判断ミス」を重ねまくった、と。
ただそれだけ
の話だったと私は思います。
堀江氏
三木谷氏
等が途中から出てきて
かなりダイナミックな展開になったんで
一瞬「深くてドロドロしたお話」のように見えなくもないんですけど、
わたしは「すべては成り行き」だった、と断言します。
ここで重要なことは
最低限「2リーグ12球団制」を維持し
ある程度の「勝利」を得た
当時のプロ野球ユーザーの意識の有り様なのです。
こりゃもう
ナベツネとか宮内とかが単にタコな判断してるだけじゃん!!
ただただそれだけのことじゃん!!
ってゆう意識が早いうちに広まったわけですよ。
「恐れるるに足らず」ってことなわけです。
だから署名活動なんかもあっと言う間に広まったし、
読売新聞不買とかも遠慮会釈なく実施されました。
わたしは相も変わらず無党派層なので
これ以上細かいことは言いません。
強調したいのは
戦う相手が出て来たら
「成り行き」で戦う以外の選択はありません。
陰謀論に足元をすくわれて
自分の最初の拳を振り上げ損なったら
生涯後悔することもあります。
ちなみにわたしは
排外主義でも
対外強硬派でもなんでもありません。
人それぞれ人生の局面局面において
国家の戦争
みたいな大げさで血なまぐさい話ではない
たとえば「たかが日本のプロ野球」
みたいな個人の趣味嗜好のことであっても
それに対し危害を加えようとされるのであれば
そこは「抵抗」すべきである、と。
こんな世の中だから
プロ野球の球団のひとつやふたつなくなってもしかたないなあ
とか
そんな風に達観してはいけない、と。
でそれは「エゴイズムの発露」である、と。
わたしは
球界再編問題のとき
さんざん書き込みもしたし
署名活動もしましたが
「正義」の為ではありません。
「いままで通りのプロ野球を見せろ」
ってゆうエゴイズムのみです。
ということなので
直近で脱原発、反原発の運動に関して
若干批判的なことを述べましたが
そうゆう運動をすること自体を否定することはできませんので
今後も大いにやって欲しいし、
その他昨今
対中国、対韓国に関するアンチ活動もさかんですけど
それもそうゆう運動自体を否定はできません。
極端なレイシズムに走っているのでなければ。
ただどちらも「賛同」はできませんけどね。
わたしが言いたいのは
人の主張はそれぞれ食い違うものであり、
それはとりもなおさず「エゴイズム」の発露なのだから
互いに「口撃」しあうことについてはどんどんやればいい、と。
そこを隠して
陰湿に「物理的に排除」とか
それだけはやめて欲しいですね。
いま現在って
勝ったほうの自民側が
「偏向報道」をしきりに強調してて
ま、それが全然外れているとも思いませんし、
過去から連綿と民主側のポジショントークは繰り返されてましたが
冷静に状況を見てみれば
「民主党に都合のいい情報」のみがあまねく行きわたっていたら
こうゆう選挙結果にはならないわけで
そのへんはほんと落ち着いて見極めたいところです。
個人的には今回は「町場」の「草の根」の「野郎ども」の口コミが効いたのかな、とか
ふとそう思ってます。
仙台の国分町のキャバクラが凄くてさー
みたいなね。
やっぱ土建屋さんが儲かってくれないとあれだよね、的な。
そのへんの空気も読まないと
今回負けた方々は参院選も惨敗すると思います。
悪戦苦闘した記憶はまだ生々しく残っていて
(10年以上前のことなんですけどね)
なんなんだこいつらは?的な気持ちが強い反面、
「敵を知る」こともやはり重要ですから
ってことであれこれいろいろ研究も重ねた結果、
感情的には愛憎半ばしつつも
2ちゃんねるの存在そのものについては
そんなに否定的ではない
というスタンスを個人的には貫いてきたので、
今回の「創設者書類送検」に関しては
なんとも複雑な心境です。
推移を注意深く見守る、
としか言い様がございません。
これ投票前に発表されてるんですけど
いったい何がしたかったのか?意味不明。
だからと言って
ちきりんけしからん
とかいきり立つつもりもありません。
「表現の自由」もありますし、
それよりなにより
ちきりんさんご本人がいうところの
「自分の頭で考えた」結果
わたしにはとうてい納得がいかない、と。
それだけのことです。
ちきりんさんの意見のなかで
納得できる意見が皆無なわけではないし。
ということで
いついかなるときも
有識者の御意見というものは
「話半分」でとらえ、
たとえ少なくてもいいので
「自分の頭」でいろいろ考えるのが吉、だと。
ちきりんさんに負けず劣らず、
わたしはそう思うのです。
なんでいまさら自民が勝つのか不思議
みたいなことを言う有識者の方々があまりにも多い
ことに逆に不信感というか不気味な感じを覚えたわたしは
もちろん自民支持派ではなく
相も変わらぬ「無党派層」なのであるが
「自民圧勝不思議」の論調を張っている大半の方々は
「口舌の徒」であって、
「普通の給与所得者」の感覚は全く持ち合わせていない。
選挙結果に関していろいろ言われているけど
今回は「円安株高」が効いているのだ。
それ以上でも以下でもないと思う。
イデオロギーで飯が喰えるか!!
ってゆう
単純にそれだけのことだろう。
逆に綺麗ごとを言ってるお花畑知識人の方々は
証券口座のひとつやふたつも持っていないのか?
と、問いたいところである。
たとえば原発に関して言えば
「今後増やすことはやめといて徐々に減らす」路線で
いいのに、
なんかしらないけど
「即刻ゼロ」とか言う勢力が多数立候補したわけだけど
この方々には「いま現在の雇用」に関する視点が無さすぎで
想像力も無さすぎってことだ。
誰だって
「いま現在のおれの仕事」を「理屈」でなくそうとしている輩には
全力で抵抗するはずだ。
ということで
今回の選挙で「反原発」「脱原発」勢力が壊滅的に負けたのは
「雇用」の安定に関して何の代案も持ってなかったことが全てだろう。
わたしは全然右翼でもなんでもないんだけど
「理念先行でひとさまの雇用とか一切考えない狂信集団」として有名な
シーシェパードってゆう我が国の国益に反する集団のことを考えてみると
今回の選挙は「シーシェパード的なもの」が壊滅した選挙だったんだろう
と思う。
それと「人口減少」を盾にしてグローバリズムを煽る層もかな。
そうゆう意味でいうと、
2004年に日本プロ野球で起こった
「球界再編」騒動は私の「政治思想」に多大なる影響を与えた
と思う。
自分の快楽原則に従い
とにかく「球界」は守る。
で、意外にそれでその他の政治的課題とかも間違いはないのだ、
と
最近つくづくそう思います。
日本は人口減るし、
プロ野球も規模縮小しましょう
とかシレーッとぬかす輩が今後出てくる可能性いくらでもありますけど、
「全力で潰す」ことを誓います。
それが自分の生きている証しだとすら思います(笑)
集英社 (2012-12-14)
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この本が目に留まったんで即購入して、
馴染の中華屋で一気読了。つまり昨日の話です。
会社員時代の「失われた知識吸収の20年」を補って余りある本でした。
高校、浪人、学生の頃は
相倉本、山下洋輔本
読みまくってましたよ。思い返してみれば。
丁度投票の後だったんで
つくづく思うのは
一昔前って「音楽と政治は不可分」みたいな雰囲気が
ぬきがたくあったんだなあ、と。
もちろんいまはそれが皆無とか言うつもりはありません。
きょうび流行の「ステマ」ってやつで、
むしろ昔以上に「音楽と政治の不可分性」は高まっているのかもしれない
けれど表立ってわかりにくい、みたいなね。
もちろん表立ってわかりやすく「政治的な音楽」を
やっている人も少なからずいらっしゃいますし、
私はその人たちの存在を否定しようとも思いません。
「表現の自由」は最大限尊重されるべき
と考えますので。
で、この本の巻末に対談で出てくる
菊池成孔氏の名前も実はここ1年内にようやく知ったのです。
それくらい自分は「なんにも知らなかった」わけです。
「憂鬱と官能を教えた学校」とかビックリしました。
これ1冊あれば「軽音楽の理論教則本」全部いらないじゃん!
みたいなね。
そういったわけで
ここんところちょっと知識欲に目覚めてまいりました。
しかしながら最後の所は
「度胸経験勘」を大切にしたいなあ
とも思います。
気付いてなかった・・・・・
というくらいに
著名人の訃報が相次ぐこの頃。
皆様のご冥福をお祈りします。
そんな流れのなかで、
過去の作品の動画をあちこちでいろいろ見て、
リンクをたどり、を繰り返しているうちに
「惣右衛門町ブルース」に巡りつく。
会社員時代に
先輩の方々の薫陶を受け
ムード歌謡とかスナック歌謡とか
かなり覚えたのだが、
なかでも「惣右衛門町ブルース」はマジ名曲だなあ
と。
で、この歳になって
やっとオリジナル音源を聴いたんだけど、
これがまたカッコいいですね。
平和勝次とダークホース。
いままで知らざったとは一生の不覚!!
って感じですよ(笑)
自分、幼少時の十八番が
「長崎は今日も雨だった」ですから、
こういった類の曲には
自然に身体が反応するみたいです(笑)
生涯2度目
ってゆう初級者なんで
いまひとつお店のシステムが把握できてなくて、
とにもかくにも
「とろろ&温玉うどん」の「並」を
頼んで、
あと「穴子」と「いか」の天ぷらを四角い皿に載せて
レジで640円払って着席。
時間がそんなになかったので
じっくり周囲を見渡すこともなく食べ始める。
テーブルの上には
「天ぷらの風味を増すソース」とかいうビンがあったので
何も考えずそれを穴子といかにかける。
で、ふと、
「うどん」のどんぶり
に天ぷらを漬けて食べようとしていたことに気づく。
「天ぷらはまだ投入されていないとろろ&温玉うどん」のどんぶり
にソースの付いた天ぷらをいれるのはいかがなものか?
とも思った。
で、ソースだけついている状態で
二つの天ぷらを齧ってみたら
そこそこイケる感じだった。
なんならこれだけで喰い終わってもいいのかも
とすら思った。
でもやっぱ「天ぷらうどん」的な味わい方もしたいのが人情である。
しかしここで重大な失敗に気づく。
穴子といか
の天ぷらの質量と比較すると
「とろろ&温玉うどん」の「並」のポーションが
いかにも弱すぎるのであった。
穴子もいか
もけっこう大きいのである。
それにひきかえ「並」どんぶりの小ささは・・・・・
うどんのつゆに天ぷらを十分浸すことは無理な感じだ。
どこからどう見ても。
というわけで、
ソースだけがかかった状態の
穴子といか
の天ぷらを5分の3くらいまで喰い進み、
残った部分をうどんのつゆに浸して喰い終わった。
それはそれで満足ではあった。
ま、うどんは「並」じゃなくて「大」にしておけばよかったかな、
とかちょっと思ったけど。
でさあ帰ろうと思って
食器返却口に向かう道すがら、
さっき「給水器」で水を汲んだ台に
「天つゆ」のはいったポット
と
「天つゆ」を入れる為の小皿
が
きちんと張り紙表示をしたうえで置いてあるのが
目に飛び込んできた。
めまいがした。
うどんはうどん
天ぷらは天ぷら
で
味わえ
と、そういうことだったのか、と。
何故それを先に言ってくれなかったのだ!
と。
ぼくはその辛さをを早く忘れる為に、
寒風吹き荒むなか
駆け足で教習所に戻った。
※ちなみにうどんも天ぷらも美味かったんで
丸亀製麺二度と行くか!!とか言うつもりはありません(笑)※
ってことで、イーグルス史上
というかプロ野球史上においてもかなりの
大型補強なのは間違いないですね。
3Aとか含まず
純粋にメジャーのみで「434本塁打」ですからね。
細かい記憶定かではないんですけど、
「日米野球」で東京ドームで見たかもしれません。
Aジョーンズの「若い頃」を。
ということで
日本語のみならず英語でもググって
youtubeで調べてみると
「FAT」とか「Slow」とかってゆうような
単語もそこかしこで見られまして、
正直、盛りは過ぎてますね。
守りに関しては期待できない感じです。
ゴールデングラブ賞の常連だったんですけどね。
ただ今季のヤンキースでの動画を見た感じでは
ホームランの時の音が「グシャっ」って
ボールがつぶれるような
「いかにもホームランバッター」ってゆう印象大なので、
2割5分20本
くらいは期待できそうな気がします。
我がイーグルスの場合
ピッチングスタッフは充実してますんで
それで十分なのですよ。
ただほんと、
なんかの拍子で「途中離脱」とかなると
その時点でペナントレースが終わってしまう
という可能性もありますんで
いまいる日本人野手の皆さんは
奮起してもらいたいところですし、
「メジャーで400本超え」の選手が3億円ってことは
やはりそのデフレの影響もあるわけで、
リスクヘッジの保険がけ補強もやっておいてもらいたい
と思います。
アド街が江古田だったんで見たんですけど
マーキーは「ライブハウス」の括りで4位でとりあげられてましたし、
同じ括りで紹介されてた「BUDDY」もOPEN直後に
場所を借りるって形で出たことあるんで
まあなんというか自分にとっては縁が深い街なんだと
あらためて思いました。
BUDDYは大学卒業直後くらいの時期だった記憶があるんで
マーキーより先にBUDDYに出てたんだ、とか
自分自身、意外に感じますよ。
マーキーのオーディションを受けた動機は
パチンコ業界の若手社員として働いていた時に
「いかんこのままだとパチンコとパチスロで
お金が無くなってしまう。なにか別のことで
時間やお金を使わないとヤバい!!」
ってことだったんで
江古田だから
とかそうゆうこだわりは何もなかったのです。
で、「ネット」とかじゃなくて
紙で発行されていた「オーディション雑誌」を見て応募しました。
いまでこそ「弾き語り」向けのライブハウスたくさんありますけど、
当時は「江古田マーキー」と「渋谷アピア」くらいしか募集してなくて
たまたま自分は当時西川口に住んでたので
江古田の方が近いかな、と。
深い理由なにもなし、と。
で、正確な記憶はありませんけど
初めて出たのは1991年もしくは1992年だと思うんで
20年にはなるんだなあ、と。
で、仕事の都合で
転勤&転居をくりかえしつつも
最も遠いところでは「湯河原」から
江古田にかけつけたりもしましたんで
ある意味「ホーム」な感じです。江古田。
ただ、いまは多摩在住だし、
湯河原にいた時ほど「若く」もないし、
江古田までいくのはそこそこキツいんですけどね(笑)
あと西川口から転居して以降はずーっと
大江戸線「新江古田」利用なもので、
西武線の駅界隈のほうは全く不調法になってました。
番組みた感じだと美味いお店がザクザクあるんですね。
びっくりしましたよ。
ってことで
次回辻タダオ江古田マーキーライブは
年明け1月9日(水)
となっております。
詳細は不明。
わかり次第告知いたします。
とにもかくにも娘も吹奏楽部員になっていた。
全然、強要はしていない。
ただまあ意見は聞かれましたけどね。
で、楽器覚えるんだったらいまのうちだと思うよ
くらいなことは言いましたよ。
で、私がリアル吹奏楽部員だった時代と比べると
なんだかテレビにとりあげられる機会が増えてまして
一昨日に日テレで「マーチングバンドの全国大会」の番組やってて
今現在のリアルな「業界関係者」である娘は
食い入るように見てまして、
私もいきがかり上一緒に見たんですけど
正直驚きの連続でした。
いちばんの驚きは
「業界のふくらみ」っぷりですね。
楽器そのものの
種類や保有台数の増えっぷり
がまず凄い。
オーボエとかファゴットとかコントラバス
とか
私の中高生の頃は同じ市内の学校どこにもなかった
んですけど、
いまはむしろ「え?なんでないの?」状態ですよね。
で、「マーチングバンド」ですけど、
まずこの「ジャンル」そのものの存在を知りませんでしたし、
マーチングしている学校
のバンド
も見たことなかったです。
自分の中高生の頃は。
それがいまや「高校生の部活動のマーチングバンド」一テーマで
全国放送地上波で番組が成り立つ、と。
もうただただ驚くばかりですよ。
で、高校生がアースウィンドアンドファイアー並みの
パフォーマンスを行う為に日々鍛錬するわけです。
マジびっくりですよ。
ま、ただ自分は
マーチング
じゃなくて
「普通の座ってやる吹奏楽のみ」がいいかなあ
と直感的に思いました。
そりゃもう。
綺麗に隊列がそろって
しかも演奏も見事なマーチングバンド
確かに凄い。
凄いんだけど、
そこまでやってもらわなくてもいいかな、
みたいなね。
簡単な話
アドリブとかハプニング性とかは
排除しないといけない世界ですからね。
わたくし「生涯一アドリブ派」ですので。
そのへんは趣味嗜好の話ですから
娘がマーチングやりたい
と言いだしても
反対するつもりもございません。
逆に「体力」は滅茶苦茶増強されるかもなあ
とかも思うし。
ただ自分だったらどうする?
ってなった場合
マーチングの吹奏楽部だったら
絶対に辞めてたと思います。
踊りと音楽を乱れずに団体でやりきる
ってなると
「おれひとりの自由」は絶対にないですからね。
それはともかくとして、
マーチングバンドには
マーチングバンドなりの
専属「コーチ」がいたりとか
さらに言えば
「シンバル」の「アクション」専門の
「シンバルコーチ」もいたりとか
なんだかいつのまにやら
ほんとものすごく「業界」の幅が広がってるんだなあ、
と感心することしきりでした。
中学教育指導要領における「ダンス必修化」で
「ヒップホップダンス指導資格」を持った人物がどんどん現れる世の中になった
ということに半年くらい前に驚きまくったんですけど
その素地はとっくの昔に出来上がっていたんだなあ
と改めて気づいた次第であります。
皮肉でもなんでもなく
人が生きていくには
ロビー活動も必要なんだなあ
と痛感しました。
そんなわけで、自分の場合
「小学校6年間団地住まい」&「鉄道好き」
ってゆう著者との「共通点」があったし、
年齢的にも著者が2学年上
ってことでそんなに大きくかけ離れてはいないので
スーッと読めた。
で、「ソビエト連邦式集団主義教育の実践の場において
苦しむ早熟な少年の苦悩」
ってゆう話なのだが
早熟だったか否かで言えば
わたしは「児童」の間は一貫して
ただの洟垂れ小僧であって
「自意識」とか「自我」」があったのかどうかの記憶すらない。
ということなので「団地&鉄道」以外の
共感ポイントは皆無ではある。
塾も私立中学受験も無縁の世界だったし。
しかし、であるがゆえに
世の中にはこんな学校があったり
こんな児童もいたんだ
ってゆう驚きも大きかった。
まああとは四谷大塚に通って慶応義塾の中学に行く
ってゆう能力財力の有無ってところも大違いだ。
口開けながら洟垂らしつつ野球ばっかやっていた自分とは大違い過ぎる。
まあしかしそれでも面白かった。
やはり「児童」の時期の個人差って凄いんだなあ、と。
で、いま書いているこれをアマゾンのブックレビューじゃなくて、
この個人的なブログでやってるのは
ここから一方的に自分の個人的な話になるからである。
前述したように
おそらく「早熟」の少年ではなかった自分の場合
児童の頃の「記憶」はかろうじて5年生くらいからの
高学年時のものは多少ある。
ってことで「物心」ついたのを「小5」として、
「高3」までの「クラス担任制」のある教育環境で過ごした8年
をざっくり振り返ってみたところ、
この著書で槍玉に挙がっている「片山先生の5組」のような
「アツいクラス」にぶち当たったのは8分の2であった
人は生涯のうち2割5分の確率で「アツいクラス」に当たる
ということであろうか。
いやいやそれはあくまでケースバイケースだから
「アツいクラス」に属した経験ナシ
ってことも十分あり得る。
で、私の記憶では「小6」と「中2」が
「アツいクラス」である。
もちろんこの本の「滝山コミューン」と全くおんなじなノリでもないし、
というかはっきりいって全然ヌルかったとは思うのだが、
自分の時系列のなかでは「アツい」ことに間違いはない。
「小6」のクラスの記憶も実はおぼろげなのだが、
なにしろとにかくこのクラスの担任の先生に教わった数々の言葉のうち
ものすごく記憶に残っているのが
「馴れ合い」と「リコール制度」の二語なのである。
で、そのクラス在籍時に洟垂れ小僧だった自分は
児童の間はついにその二語の意味を真に理解することはなかった。
周囲の早熟な同級生が「それは馴れ合いってことだよな」とか
「こうなったら委員長はリコールするしかないな」とか
アジってたりとかしても
マジな話
「ちょっと何言ってるんだかわからないんですけ・・・・以下略」
状態であった。
ということで、
わたしの解釈における「アツいクラス」の定義であるが
「指導要領」と関係なく
個人の判断で生徒に教えるべきことを決め、
実際に教えてみるってゆうようなことを実施する担任がいる
ということかな。
「担任制クラス公教育」は日本国の場合12年あり、
しかし小学低学年の間の記憶は齢40も過ぎれば
「かすかな記憶」すらないので
「小5」を起点とした場合は「高3」までは
8年間あり、あくまで自分の場合は
その8年間のうち6年、つまり7割五分は
「とおりいっぺん」の人たちであり
しかも
「コミュニケーション苦手」
な人たちであった。
で、そのことに私は痛痒を感じているかといえば、
まったくそんなことはなく
むしろ「丁度いい塩梅だったなあ絶妙に」とすら思うのだ。
時間的に2割五分だった「アツいクラス」の時間について
そりゃもう「アツ」かっただけに
なんかこう「感動」した記憶もいくつか鮮明に残っているのだが
しかしそれが2年も3年も続いたら逆にどうたったか?
と。
で、「特にどうということもなかった」
7割5分の「コミュニケーション苦手」な
ごく平凡な「担任の先生」のクラスだった時のことについては
そりゃもう「クラス活動」に関しては
主だってどうこうなんにもありはしないんだけど、
休み時間やら休日やらに
同級生同士で何気なく過ごした
「くだらない」時間の
記憶が「アツいクラスの感動的時間」の100倍レベルで
鮮明に蘇ってくるのだ。
「正式な学校行事」
じゃなくて
休み時間
放課後
休日
の
「人生において糞の役にも立たなかったあれこれ」
の時間のほうが
手に取るように状況を思い出せるのである。
ということで
わたしの言いたいのは
人々をアツく煽る行為
を全て否定するつもりはないが
なんかどうでもよさそうな
なんでもなさそうな
そんな時間やら日々を、
むしろ
大切にすべきではないか
と
ただそれだけです。
研修があって、葉物作物の栽培について
座学で教わったんだけど、
帰り道に多摩センター駅周辺に3軒もあるサイゼリアのうちの
1軒に寄ってその研修の「復習」もしつつ、
三越の丸善やらカリヨン館のブックオフで買った
書籍を読んでいた。
でやはりその
「喫煙席近くの角席」
とかがいつも静かでいい
のだけれど
人気店サイゼリアなので
どんどん混んできて
隣の席に「全員仕事帰りの家族」が
三々五々集まってきて
滅茶苦茶盛り上がったりして、
うわあもう読書どころじゃねえ
って感じなんだけど
ここは「読書店」じゃなくて
あくまで「飲食店」のサイゼリアなわけなので
文句なんかもちろん言わず、
いったん老眼鏡をしまって、
周囲を見回してみた。
家族、カップル、学生さんの4,5人のグループ
で溢れていた。
サイゼリアの場合
中年男子
が
1人で飲み食いしてるパターンも多いんだけど
何故か昨日は
「孤独な野郎の匂い」一切ナシ
みたいなことになっていた。
めちゃくちゃいたたまれなかったんだけど、
意に介さず
「滝山コミューン1974」
を読み進めていたら
「制服」を着た
イケメン&美少女カップル
が真向いの席に座って
しかも普通に真面目に会話してたりとかして、
ああおれはここにいちゃいけない
と思って
そそくさと帰ってきました。
女の子
というか
娘さんが
あまりにも可愛かったんで。
イケメンの彼
も
可愛い彼女
も
素直に大成してほしいなあ
って思いました。
会社員時代
忙しく働いている間
音楽、映画、漫画、小説、他芸能全般
の文化部門に関する「情報収集」が
滅茶苦茶疎かになっていた、と。
なのでどのジャンルの「マニア」会話にも
入っていけないわけです。
なにせ「大御所が存命なのか否か」すら把握できていないし。
軽音楽、特にロックとかジャズとかになってくると
「OOOOの98年のライブよかったよねえ
今度いつ来日するのかなあ」とか言った瞬間に
周囲全員凍りつく、みたいなこともあり得るわけなので
そうゆう会話をすること自体が恐かったりもします。
それが恐いからといって
いちいちググって調べるってのもまたなんだかシャクですしね。
で、それはそれとして
あさっての方向に話は飛ぶのですが、
あの「WINK」の相田翔子と
「大女優」司葉子が
「親子」になっていた
とか全然知らなくて
ひっくり返りそうになりました。
なぜって
どちらも好きですからね。
ははは。
WINKは
「ユーロビート嫌い」
の自分ではありますが
とにかくあの機械的なカクカクした踊りが好きで
かなりハマりましたし、
司葉子は
私の敬愛する成瀬巳喜男監督の遺作「乱れ雲」で
主演をはってて
これがまた凄い艶めかしさなのです。
相田翔子は司葉子からみて「嫁」なわけですね。
ですがまあ私が見た「旅番組」では
もうとにかく「親子旅」で強引にひとくくりにしてました。
もちろん「三男の嫁」みたいな説明もちゃんとありましたけどね。
とにもかくにも
司葉子の三男の嫁が相田翔子
という事実を
それまで全然知らなかったわけです。
音楽、漫画、小説とかを全然メモってないわけですから
芸能界の相関図とか知るよしもございません。
ほんとマジで。
なんたる不覚!!
と正直思いました。
「おれの失われた20年」は
こんなところにもあらわれているんだなあ・・・・
と。
でもよくよく考えると
「失われた20年」とか
おおげさに言いたてるほどのことでもないかな。
ははは。
※「成瀬」を「成田」と間違って書いてたんでさっき直しました。
なんか耄碌してきたなあ。※
ってのは無理でした。
なんかその学科の科目のあれとこれ
を受け終わってないとダメとか、
あと「複数名」で受ける実技とかもあるんで
そんなに機械的にドンドン進めないんですね。
で、師走で「混んで」くる、と。
そこであれですよ、
「道路工事」ですよ。
ここんとこなんか
あっちこっちで
始まってました。
え?これなんの工事?みたいなのが。
急激にあちこちで。
ほんとあからさまに。
教官の方も
詳しいことは言えないけど
これは年中行事です、みたいな説明でした。
ということは民主党も自民党も変わりない
ってゆうことを象徴する出来事なのかなあ
とも思いますが、
わたくし水商売やら客商売やらに関わってきましたので
でもやっぱこうゆうのがないと
お客様が来ないんだよなあ
ってのもあるし
なんとも微妙な感じですね。
ただ教習を受ける側としてみれば
甚だ迷惑ですけどね。
なんにもない状態
に比べれば
諸々の運転動作が増えちゃうわけですから。
ま、そうゆう逆境にも耐えろ
ってことなのかな(笑)