全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生年1964、生れ高松、育ち三多摩、元々の「本籍」は那覇、多摩市在住町田市勤務。中学吹奏楽部 町田市立忠生中学校 ・高校吹奏楽部 都立町田高校 ・大学ビックバンド 立教大学NSH 職歴 パチンコホール業界 →ブルーベリー農家。大阪近鉄からの東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。作詞作曲、key&vo 漫画原作等を手掛ける。心の師谷岡ヤスジ。無党派。表現規制反対派。ピアノはコードブック派我流。断煙断酒断パチ継続中。
池上さんのニュース55年史とかいうのを
何の気なしにボーっと見てた。

自分として
一番インパクトがでかい
というか
記憶に生々しいのは
やはり
1995年3月20日の
「地下鉄サリン事件」
である。

何故かというと
同日
おそらくTVで
ヘリコプターから撮った霞ヶ関駅付近の
騒然とした状況
とかがオンエアされてた丁度その頃、
「古典的な手口のパチスロのゴト師」
との神経戦に挑んでいたのだった。
当時はスマホも携帯もネットも普及してなかったので
世の中がそんな大変なことになっている
とか露知らず
「ゴト師来たかーこのやろー」
という戦いに全神経を集中していたのだ。
早番ただ一人の店舗役職者として。
埼玉県某所で。

で「犯罪行為」に関する話題だし、
よい子が真似をしてもいけないので
詳細はいつものように省くのであるが
その局地的戦いに
わたしは「勝利」したのである。

当時私は
「店長」「副店長」
に次ぐ「主任」的立場だったので
ゴト師なんかは
「見抜いて当然」という職責を担っており、
自分が店にいる間にまんまとやられたりした日にゃ
「何やってんの?おまえの目は節穴か?」
とか怒られること必至、みたいなポジションであり、
なのでその時は
敵にまんまと仕事されなくて一安心
とホッと胸をなでおろし、
でもけっこうえげつない手口の犯人を
我ながらよく見つけたものだ
というような誇らしい気持ちも
多少はあったりなんかして
自分からみれば「上司」であるところの
「副店長」や「店長」に報告した瞬間に
「おおよくやった誉めてつかわす」
とか言われて下半期の人事評価もうなぎのぼりに
なるにちがいない
とか埼玉県の片隅でほくそえんでいたのだ。

ほくそえんでいたのだが、
世の中はそれどころじゃない大騒ぎだった
と。

副店長や店長が遅番で出勤してきて
待ってましたとばかりに
報告したところで
聞いちゃいねえ
みたいな。

というか自分が逆に
「毒ガス事件」に驚いちゃって
いましがたの自分の戦い
とか
どうでもよくなっちゃたりなんかして。

というようなことで
よーく覚えているのである。

日本国において
「主義主張」
「思想」
に基づいて
「人を殺すことも厭わない」
というような過激思想が
というかいわゆる
「革命思想」が
完全に死ぬきっかけになった
事件だとつくづく思う。
「犯罪被害者」が声をあげ
脚光を浴びるきっかけにもなっただろう。

なにしろ
同日同刻
まさに自分も
「犯罪被害」に対処していたことを
考えれば
「人生」そのもの
に影響の大きな事件だった。

しかしそれだけの大事件であっても
いまとなっては
「当時まだ生まれてなかった」
世代も込みの「現代」になってきているので
桑田さんがいうとこところの
「教科書で現代史を教えない」
我が国であるから
団塊世代が口を酸っぱくして引き継ごうとしている
「戦争」の記憶
と同レベルのエネルギーを使って
「オウム」の記憶も
次世代に伝えるべき
だろうと思う。
あのような「邪教」の存在を
見過ごしてしまった世代の責任として。

ちなみに私がゴト師から
必死に守った機種は
「コンチネンタルⅡ」である。
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