全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生年1964、生れ高松、育ち三多摩、元々の「本籍」は那覇、多摩市在住町田市勤務。中学吹奏楽部 町田市立忠生中学校 ・高校吹奏楽部 都立町田高校 ・大学ビックバンド 立教大学NSH 職歴 パチンコホール業界 →ブルーベリー農家。大阪近鉄からの東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。作詞作曲、key&vo 漫画原作等を手掛ける。心の師谷岡ヤスジ。無党派。表現規制反対派。ピアノはコードブック派我流。断煙断酒断パチ継続中。
わたしの絶好調時代
さて政府与党は
ついにパチンコや公営ギャンブルの
依存症対策に具体的に乗り出すようで
ほんと自公政権って人々の暮らしに
介入してくるよなあ
ってゆう印象強いんだけど
なんなすかね、大きな政府なんすかね。
ま、それはさておき
自分がほぼ「依存症」だった頃のことを書こう。
というか今現在「借金」ゼロなんで
依存症歴はあったけど
意外に勝っていたのかも?
と思い
記憶をたどり
もっとも勝っていた頃について書く。

中野坂上なんすよ。

中野坂上。

大型チェーンじゃない
200台規模の個人経営の店が2軒あったのです。

それこそ「マルサの女」の
伊東四朗がやってたような
ああゆう感じの店。

で、どう立ち回っていたのか
ってえと
まず羽根モノから打ち始めて
次に権利モノ
次にセブン機
で仕上げは爆裂1.5号機「アニマル」!
みたいな。
わらしべ長者みたいなものです。

で、稼ぎ方としては
それこそ伝説の田山プロのように
「1日7000円」くらいが目途。

スロット4号機時代の
「万枚」なんてのはなかったんで
地味にこつこつ稼いでたわけです。

で引越しして
西荻窪に行ったら
完全に「負け組」人生。

そうゆうときに
電車代惜しまずに
中野坂上まで遠征するのが
プロってものです。

でもほんと
中野坂上でずーっと
勝ち続けてたら
音楽やってなかったかも
とか
ちょっと思うし
複雑な心境ですね。
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