全力リラックス!辻タダオ
おぐまゆきとのユニット「中前適時打」メンバー辻タダオのブログ。生年1964、生れ高松、育ち三多摩、元々の「本籍」は那覇、多摩市在住町田市勤務。中学吹奏楽部 町田市立忠生中学校 ・高校吹奏楽部 都立町田高校 ・大学ビックバンド 立教大学NSH 職歴 パチンコホール業界 →ブルーベリー農家。大阪近鉄からの東北楽天ファン。中前適時打は2016年4月結成。作詞作曲、key&vo 漫画原作等を手掛ける。心の師谷岡ヤスジ。無党派。表現規制反対派。ピアノはコードブック派我流。断煙断酒断パチ継続中。
矯風会的思想はちょっとなあ
って思うタイプなんすよ。
私は。

ってなんで急にそんなことを
書くのかというと
たまたま
あのジョンフォードの「駅馬車」が
CSで流れてて
もともと何度も見てるので
最初から最後までは視聴せずに
他の用事に移ったんですけど
やっぱり肝は
「町から追い出される娼婦」

「町から追い出されるアル中の医者」
ってゆう
この設定なんすよね。

矯風会のマダムの皆様が
目をつりあげて
娼婦とアル中を追い出すわけです。

ネタバレ防止で
これ以上細部は書きません。

あらゆる分野においてそうなんですけど
「過去の名作」って
「過去」ってゆうだけで
保守的だ
みたいな印象があるのでしょうが
全然そんなことなくて
むしろ現代になればなるほど
保守的で
「ことなかれ主義」になってるような。

あえていえば
「君の名は」とか
画面は綺麗なのかもしれないけど
ほぼ
「表現者」としては
「何もいってない」
のと等しい。

ひるがえって
イーストウッド主演の
「ダーティーハリー」は
明確に
何かを問いかけてる
ところがあるわけです。

きれいはきたない
きたないはきれい

少なくとも
なにか人前で表現しようってことなら
そのへんは最低限おさえておいて欲しい

きれいきれいきれいきれいきれい
攻撃も嫌だし
逆に
きたないきたないきたないきたない
攻撃も嫌です。

なんというのか
矛盾
を受け入れられないのであれば
それはもう
「表現者」じゃない

私は思います。


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