「御子息の教育にお役立てください」ってゆうような
ことを猛烈アピールして販路拡大を図っているようだが、
「さて、天声人語で感動させられることがあったであろうか?」
と声を大にしていいたいところである。
朝日新聞のお偉方の言い回しを使うと。
なにしろ「主語」がないうえに
「いついかなるときも」「うえから目線」である。
それも根拠とかデータとか
基盤となる情報の裏付けはあまりない
扇情的な言い回しのフルスクランブルだ。
「反知性主義」の拡大を狙っているんだなあ、
としか思えない。
「天声人語」が「受験国語」のサンプルになっている
ということそのものが
「異様」な事態であるということを
日本国民は心の底から知るべきであり、
「天声人語」のような文章を書いてしまったら
それは人生の汚点である、というくらいに
考えたほうがいい。
というか逆に
「天声人語」的にあえて書いてみる
という
娯楽にいそしむのも
ひとつのレジャーとして成り立つのかもしれない。